以下同文・・・

2017年4月30日(日)

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連日波無しで結構へこみ気味。

たった一日のチャンスを逃したので、

虎視眈々は良いけれど、

次は一体何時になるやら。

連休が始まって、

波があればあったで混雑必至。

波があって人のいないところに行きたい、

と、皆さんも同じ思い・・・。

こんな日はカヌーですかね。

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―――

About 太気拳

「意は即ち力である」とは王郷斎師の言葉。

確かにそうだが、

これを一般論として理解しても何の意味もない。

王師があんまりズバッと言うもんだから、

みんな素直に「そうなのか」なんて思っちゃう。

まあ、結果だけ言うからね~、名人は。

でも、これが凡人の誤解のもと。

問題の立て方を変えよう。

力として作用する意がある。

翻って、力として作用しない意もある。

この二つがあることをまずは明確にしないといけない。

つまり王師の言わんとする「意」と、

そうではない「意」があること。

つまり本物の「意」とそうでないもの。

―――

力としての実態を持てない意。

それは単なる想像力、思い込みに過ぎない。

なんちゃって武術家が自分は強いと思い込んで、

返り討ちに合っちゃうなんてお話はこの類。

出来ると思ったって、

出来ないものはできない。

自分は強いと思い込むのは勝手でも、

弱いものは弱い。

―――

では、力に転化する意は何か。

これは内側から滲み出てくる力感覚。

これは一つ一つを具体的に俎上にのせなければ一般論では語れない。

例えば、

揺りでの肘の力感、

あるいは指先の刺す感覚。

こう言った力感が、

具体的に活かす方法、訓練を経て力になる。

意即ち力、ではあるが、

夫々個々の力感を捉え、

尚且つ具体的な効果を実感し、

成功体験として記憶して初めて、

力感が実体としての力となり、

それら個別の力感を統合したものを「意」と称する。

一般論としての「意即力」ではない。

つまり意が即ち力になるのではなく、

力感を基にして、

具体的な稽古を通して実体化した力。

その力が再び意を導き出し、

それを見渡して初めて、

意は即ち力となる。

―――

つまり二重構造。

意が力感を引き出し、

次に力感が具体的な力を導き、

改めてその力が意を形作る。

―――

「意即ち力」を単純に鵜吞みしてはいけない。

逆に言えば「力即ち意」。

ここでは二つの力がある。

意を導きだす力と

意を生み出すことの出来ない力。

どちらを求めるかは明白だ。

―――

同じように「意即動」、

つまり「動即意」。

問題の立て方は同様。

以下同文・・・。

―――

等式が成り立つなら、

同時に不等式も導くことが出来る。

言葉は言葉にしかすぎない・・・。

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こんな日に限って・・・

2017年4月28日(金)

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寝汗・・・。

寝巻がじとっとして、

たぶんシーツも濡れてるんだろうな、

等と半分寝ぼけながら、

でも、どうせなら汗が全部出たほうがよさそうな・・・。

起きても寒気が収まらず、

朝食後に散歩に出る気も起きない。

風をひくのはほぼ10年ぶり?

先日の稽古では、くしゃみ連発。

弟子に風邪ですか、

と聞かれたんですが、

どうせ一晩寝れば、

がもっとひどくなった。

あれがひき始めのサインだった。

何時までも寝てるわけにもいかないので、

意を決して昼前に海岸散歩。

じっとりと頭が重い、

太陽がやけに眩しい。

こんな体調の日に限って、

天気は快晴でそのうえ波もある。

サイズ腿から腰たまに腹。

ダラッとした波ですが、

皆さん軽快に遊んでます。

あああ、こんな日に限って・・・。

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あまり食欲が湧かないので、

昼は蕎麦にして、

その前に掟破りの缶ビール。

で、そのまま昼寝。

―――

一時間後眼が覚めると完治。

缶ビールが効いたのかな~。

良薬は口に苦し、と言うからな~。

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一週間海に入ってない・・・

2017年4月27日(木)

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低気圧通過!!!

今朝は鉄板予想で暗いうちに目が覚める。

ネットで調べると思ったほどでもない。

早朝は満潮につき、もう一寝入り。

引きに入ってからが勝負、

と引きに入ってから海岸偵察・・・。

あらま!ありません。

サイドの嫌な風と共にシャブシャブの波が

力なくブレイク。

ポイントを見渡せる場所では

ローカルの皆さんが鳩首会談井戸端会議。

辛うじてロングのみ。

一回り年上の先輩が、

膝波をうまいこと乗ってました。

あ~あ、もう一週間海に入ってない・・・。

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About 太気拳

豚の真珠の話もあるが、

同じ真珠だってものは活かしようでいくらでも変わる。

ただの真珠も指輪や装飾品に加工して初めて価値が上がる。

稽古だってそうで、

例えば後方発力は基本形で、

そこから弾かれるように前方に転換、

前方発力になる。

そこまでは大方は上手いこと進む。

ここまでは剛の発力で済む。

ところがここで満足してしまっては工夫がない。

で、そこからの一工夫加えての加工を要求。

例えば後方にぶつかった力の角度を変換する。

この時に剛の中の柔が要求される。

剛の中の柔、

あるいは柔の中の剛。

両方が相まって初めて全体が出来上がっていく。

工夫の上にさらに工夫。

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太気拳は装飾では無いけれど、

工夫することでより光る。

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地に落ちる・・・

2017年4月26日(水)

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南風でざわつく海面。

波乗り、って雰囲気でもないですが、

インサイドでチョロッてな感じ。

鳶はホバリングに最適な風なのか、

のんびりと中空を漂いながら餌探し。

天気図を見ると今晩あたり久しぶりの台風マーク出現。

季節はどんどん移っていく・・・。

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最近は歳のせいもあるのか、

三代目と言う言葉が重い。

王郷斎師が初代で澤井先生や姚宗勲師が二代目。

その弟子の我々が三代目。

三代目が会社を潰す、

ってのはよく言われる。

初代、二代が作り上げたブランドに寄りかかった三代目。

何もできなくてもブランドがあるから商売になる。

で結局のところ遺産を食いつぶして、

ブランド名は地に落ちる・・・。

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太気拳の一部の現状はこんなもんですね。

毎年二回の交流会は、

こんな危機感があるからこそです。

本当に危機感満杯です。

HPに載せた文章もこの延長です。

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浜昼顔・・・

2017年4月25日(火)

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ざわざわと南風。

ただ海面がざわつくだけで、

うねりほぼ無し。

ただ散歩には快適。

普段より少し足を延ばして、

ついでにストレッチ。

沖合にSUP、そしてディンギー。

この風でもディンギーは快走。

足元を見ると浜昼顔・・・。

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About 太気拳

人の活動は神経支配の賜物である以上、

外見上の決まり切った動きも、

それがどのような神経支配のもとに行われるかで意味合いは全く異なる。

つまり神経支配の実際は外見からは窺えない。

それを無理やり言語化するとオノマトペのようになる。

澤井先生がガバッとかザッと言った言葉を使ったのは、

神経支配の転換を表現したものだ。

意拳の前身である形意拳が

動物の動きに仮託したのも、

同じくこの神経支配の転換だ。

神経支配の転換のためには時間がかかる。

新しく回路を開かなくてはならないからだ。

しかし、

いったん開かれた回路は再び閉じることはない。

同じ形同じ動きに見えても、

回路が異なれば結果は全く別のものになる。

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両腕の作り上げる光線は、

時に水平にあるいは三角に、

二本の平行線になることもあれば、

閉じて内外になる。

これは腕における神経支配の一つの結果。

それによって守るべき空間が明確になり、

同時に変形した空間が相手を襲う。

自在に空間をコントロールすること。

それが練りにつながり、

推手や組手になる。

―――

武術の原点は身を守ることにある。

ならばその守るべき「身」とは何を指すか。

それは即物的な肉体そのものではなく、

その延長である空間、

つまり支配空間であるべきだ。

身を守るとは肉体の延長である支配空間を守ることだ。

支配空間とはすなわち「陣地」と言い換えられる。

陣地は塀によって守られる。

その塀を形作るのが両腕が作り出す仮想「光線」エリア。

つまり、

神経支配の転換がなければ、

身を守る意味すら持ちえない。

つまり陣地、支配地域を持たない軍は存在しえない。

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