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2011年11月

笑ってられるけど・・・

20111130日(水)

P1010002

昨夜の稽古後に実家に一泊しての帰り道。

辻堂海岸によると波が有る。

腰くらいのうねりが入ってるのを見て、

慌てて帰って着替え。

―――

混雑を避けて脇に入る。

サイズは腰、でも間隔が長い。

近くの方と、

こんな待ちが長いと何しに来てるんだか忘れちゃいそうですね、

とか何とか話しながら一時間半。

たまに来るのは腹くらいですが、

地形がいまひとつで走れない。P1010003

まあ、こんなもんで今日はおしまい。

―――

天野の波乗りの実力や如何に、

との疑問が解けた。

先日新聞を開くと、

地方版に良くお見かけするサーファーが載っていた。

同年代で気さくにお話をしてくれる方なんですが、

何処のどなたか判らない。

サーフィンが上手いな~、

あんなふうに乗れたらな~、

とは思ってたんですが、

新聞によると、

なんと全日本アマチュアのチャンピオン。

ひえ~、あの方は全日本チャンピオンだったのか。

と言う事は、

ちょっと上手いんじゃなくて、

凄く上手いんじゃないか。

P1010005 あんなふうに乗れるわけない・・・。

―――

弟子に話すと、

それはこういうことですね、

と丁寧に解説してくれました。

将棋に例えると、

自分より強いのはわかるけど、

初段の強さなのか、

名人のそれなのか区別がつかない、

って事ですね。

―――

その通りで、

自分より上手いのは判るけど、

どれだけ上手いのか全然判らない。

―――

人は自分の尺度でしか物を計れない。

その尺度が貧弱だと、

ちょっと強いのと、

名人の強さと区別が付けられない。

―――

これが波乗りだから笑ってられるけど・・・。

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訳がある・・・

20111129日(火)

P1010005

6時起床、曇り。

布団の中で3時くらいに眼が覚めた。

何故か腹ペコ。

いろいろ考え事をしながらうとうと。

―――

起床してまずは朝食。

ホッと一息ついてのうねりチェックは30cm台。

まあ、こんなもんか・・・。

―――

のんびりと海岸偵察。

脚を伸ばして鵠沼銅像前。

途中何故か鳶が眼についた。

波のサイズは膝腿で混雑。

一つに波に5.6人が乗る。P1010009

波乗りと言うより波乗り競争。

―――

about 太気拳

遠出したついでにいつもと違うところで暫く禅。

変化や転換の最初の兆しは何処に現れるか。

手や脚ではなく、

実は背にそれが一番速く現れる。

考えてみれば当たり前で、

神経の伝達で一番早く届くところが背。

―――

意拳の発力の稽古で、

熱い鉄板に触れたように・・・、

との記述があるが、

P1010012 それが背のある部分の緊張を指すわけだ。

―――

見えにくいところは、

無いものにしがちなのが人。

だからなかなか至らない。

至らないには訳がある・・・。

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希望・・・

20111128日(月)

P1010002

6時起床、曇り。

何となくはっきりしない天気。

まずはお茶、と行くのがいつもなんですが、

本日は朝風呂。

すっきりしてから偵察行。

―――

ほとんどうねり無しの海を眺めながら浜を散歩。

あ~あ、今日も波なしか・・・。P1010004

―――

about 太気拳

手は動かされるもの。

その感覚はどんな時に出てくるのか。

躯幹部と手が繋がったときにこれが出てくる。

力に触る、

と言うのもこの瞬間だ。

力を感じる、触ると言うのは、

手が身体と重なったときに出てくる感覚。

その持続を力を動かすと表現するわけだ。

―――

そんな時には手を動かすなんていう感覚は一切無くなる。

手があるとか脚があるなんて事は無くなる。

―――

感覚、感じるとは、感じ取るだ。

何かが自分に感じさせる。

感じさせる何かが身体の中に起こって初めて感じられる。

思い込みではなく、

感じさせられる。

―――

その正体を突き詰める。

何がそう感じさせるのかを特定する。

「気」だとか「気感」と言った言葉に逃げない。

感じるのは身体以外にはないからだ。

感じさせるのは、

神経、つまり腱、筋の状態変化で、

それが刺激となって「感じ」を引きだす。

頭は妄想するが、

身体は妄想しない。

有るものを有ると感じ取るだけだ。

―――

P1010005 身体が感じ取ったものを、

頭に還流させて言語化する。

言語化するということが考えるということ。

―――

そこに思い込みが入ると妄想になって、

見えないものを見えるとか勘違いする。

―――

言葉でしか考える事のできないヒトは、

簡単に言葉に逃げ込む事もある。

言葉に逃げ、

言葉で誤魔化すのもヒトだ。

―――

言葉はヒトで、

ヒトは言葉でもあるからだ。

―――

手と身体が繋がっているところを弟子に見せる。

それが途切れたところを同時に見せる。

形はほとんど変わらない。

しかし、その違いを彼らは見て取る。

その違いを見て取る感性がある。

つまりはそれに対応するものが彼らの中にある。

それが希望・・・。

―――

しかし言葉にならない。

名前の無いものを語ろうとするからだ。

有るけれども、

感じられるけれど、

未だに名付けられていないもの。

―――

身体が産み出した脳があって、

脳が求めて産み出した言葉あって、

言葉が身体を語れないのは、

母が子を語れても、

子が母を語れないのと似ている・・・、

かも。

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あきらめもつく・・・

20111127日(日)

P1010010

6時起床、曇り。

当たり前に波のない湘南で、

うねりは29cm台。

おかげで落ち着いてお茶を飲めると言うものです。

―――

P1010011 海岸偵察するも、

うねりもほとんど無く静かな海。

すれ違った先輩も、

此処まで無ければあきらめもつく・・・。

―――

about 太気拳

形を見ないで力を見る。

形を見ると手の動きに捉われたりする。

手は動かすものではなく、

動かされるもの。P1010014

手自体が力を出すのでなく、

身体の力を伝えられるように整える事が大事。

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面倒な事になる・・・

20111126日(土)

P1010001

5時半起床、晴れ。

取りあえずはうねりチェックで久しぶりに30cmいつもの湘南。

某ポイントに走れば多分少しは出来る、

とは思うんですが、

何せ日の出が遅いので時間が無い。

此処はのんびりとお茶を飲みながら新聞読んで・・・。

―――

海岸まで自転車を漕ぐ。

その間に手が悴む(おお、かじかむってこんな漢字か!)。

海面はゆったりと僅かにうねる程度。

すれ違うサーファーは東を目指してひた走る。

自転車に乗るにもそろそろ防寒具や手袋が必要。

―――

模擬弾を使った警察の訓練で実弾発射。

って事は、

実戦で模擬弾が出ちゃう事もあるわけか・・・。

―――

about 太気拳

意拳では「意」を重んじる。

「意」の解釈はいろいろあるだろうと思う。

太気拳でも禅を組んでるときの注意点は

「のような感じで・・・」になる。

言ってみればイメージだ。

あるイメージを持って禅を組む、

這う、練る。

イメージは何のために持つのか、

と言うと、

それはイメージ・感じ、あるいは思いを通じて身体に至るためだ。

何故なら太気拳は身体を通じて表現するものだからだ。

なんて当たり前の事を・・・、

と思うが、

ここら辺を勘違いする輩も多い。

―――

P1010006 矛盾を統一する、

と言うとなにやら哲学っぽい。

でもそうじゃない。

言葉にすると矛盾するものが、

身体的には統一されるべきものだからだ。

前に行く力で後ろに行く。

引っ張る力で押し返す。

これは矛盾でもなんでもない。

これを矛盾とするのは、

人が言葉で作り上げた世界を世界と考えるからに他ならない。

まずもって、

人は身体で世界を生きている。

―――

言葉以前に身体があって、

身体が言葉を人に作らせた。

発生の順序から言えばそうなる。

身体があって、

それを制御するために脳が発達して言葉を産み出した、

と言う順序だ。

―――

その身体の声に耳を傾ければ、

一見矛盾と見えることも、

実は統一されている。

矛盾は言葉の問題に過ぎない。

―――

「揺り」を分析して、

内観を言葉で一般化すると、

こんな面倒な事になる・・・。

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上機嫌・・・

20111125日(金)

P1010007

4時起床、晴れ。

今朝も引き続きコーヒーで、

二杯目からはもちろんお茶。

昨日の南風で上がったうねりは一挙にダウンで50㎝台。

それでもい何とかできるんじゃないだろうか。

偵察抜きで着替えて出発。

―――

久しぶりに茅ヶ崎で波がある。

数ヶ月ぶりの地元サーフィン。P1010005

ロング中心で短い板ではなかなか波を取れませんでしたが、

明るい陽射しの中で気持ちよく波乗り。

上機嫌、上機嫌・・・。

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豊かなの使い方・・・

20111124日(木)

P1010003

昨夜の雨が嘘のようにからっと晴れた青空。

南風がかなり強く吹いていてうねりは1m超。

何故か今朝はコーヒー。

―――

海岸偵察に出ると向かい風。

自転車が思うように進まない。

陽射しがきらきらと波に輝いて綺麗な海。

でも、砂が飛んできて眼を開けてるのが辛い。

P1010004 それでも数人のサーファーとウインドがかっとんでました。

―――

立川談志が亡くなった。

此処のところ慣れ親しんだ名前の訃報が多い。

自分がそういう歳になったと言う事なんでしょう。

幸田露伴の散文詩「思」に、

「いつにても死し得る身をもて、いつにても生きてあらなむ」

の一節。P1010001

―――

自分に割り当てられた時間をどう過ごすか。

限られた時間の豊かなの使い方・・・。

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表裏一体・・・

20111123日(水)

P1010001

陽射しが暖かい。

海岸を散歩してると、

舟釣りをしていた先輩が

カヌーをごろごろ引いて海から上がるところに出くわす。

どうですか、と声をかけると満面の笑み。

見せてもらったのは見事なアオリ烏賊を二枚。

―――

相変わらず茅ヶ崎エリアはノー・サーフ。

ちょっと走って鵠沼は何とか腿くらい。

P1010004 でも、混雑必死で今日はパス。

―――

about 太気拳

表裏一体という言葉があって、

これは太気拳でも同じ。

腕を支えるのは肩。

その肩を支えるのは胸と首、そして肩甲骨周り、つまり裏側。

肩甲骨周りがしっかりとサポートして初めて腕が身体と繋がる。

禅を組む事で自然に繋がるけど、

何処がどうなって繋がっているのか、

それを意識できるか出来ないかで、

次の一歩が変わる。P1010005

―――

何で皆肩甲骨を動かせないのか天野には不思議。

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偽物・・・

20111122日(火)

P1010003

うねりは減衰傾向。

50㎝を既にきっている。

ちょっと寝坊で8時半出発。

相変わらず茅ヶ崎はノー・サーフで自転車を漕ぐ事15分。

昨日と同じポイントで腿サイズで一時間。

おかげで気分すっきり。P1010001

―――

昨日茅ヶ崎で稽古。

稽古後に数人が残って家でちょい飲み。

有機農業家と有機野菜を使ってレストラン経営者。

印象に残った言葉。

「本物を知ってしまうと、

偽物を出せなくなる」。

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螺旋的に回帰・・・

20111121 ()

P1010008

5時起床、晴れ。

まずはお茶。

次はうねりチェック。

粛々と進む朝の習慣。

昨日のうねりはどんと下がって80から70cm台に。

わ、こりゃ急がんといかん。

―――

海岸到着とともに夜明け。

茅ヶ崎は波はあるものの、

今にも無くなりそうな雰囲気。

東に15分走ってポイント発見。

サイズはMaxで胸。

ミドルが深くてあんまり走れませんでしたが十分満足。

午後の稽古に余力を持たせて2時間で終了。

気持ち良い、すっきりした・・・。

―――

歳とともに好みは変わる。

特に食に関する好みは随分と変わった。

若い頃は肉が食べたくてしょうがないもの。

それが最近は魚が食べたい。

昨日も稽古の帰りに魚屋に寄り道。

家族とは別に一品を画策。

画策と言ってもどうって事はない。

秋刀魚を一匹買って帰るだけのこと。

この一匹100円なりの贅沢。

塩焼き、刺身、生姜煮、蒲焼、と連日食べない日はない。

食べ物だけは時分の花・・・。P1010005

―――

about 太気拳

関節に張りを持たせること。

それを重点にした昨日の基礎講座。

骨格の調整と螺旋その他の力の方向の違いで全身のバネを引き出す。

結局はそういうところに落ち着く。

肩から始まった話が、

結局は全身の協調というところに行く。

稽古や話があっちに行き、こっちに来る。

しょうがないんだよね。

全部同じところに螺旋的に回帰していく。

―――

内受けがあって、

外受けがあって、

下段払いがあって、

でも、全部実は同じだって事になる。

同じものが状況によって違う形になって現れる。

その核を掴み取って行こうとするのが稽古。

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樹を抱くように・・・

20111120日(日)

P1010004_2

5時起床、晴れ。

昨日の夕刻にはうねりは3m超。

石廊崎では6m超。

もちろん雨と風でジャンク。

今朝は低気圧の通過で風が南から北に転換。

うねりは190㎝台。

コンディションの良否は眼で見て確かめる。

と言う事で、まずは着替えて出発。

―――

暗いうちに海岸到着。

既に皆さんはポイント前に集まって世間話中。

サイズは頭でまとまりの無い波。

それでも今日は今しかないんでドボンと入って一時間。

ちょっとハードな朝一サーフでした。

今日は月一の基礎講座なんで、

一休みしてからGo

―――

about 太気拳

初めて立禅を組む時に、

樹を抱くように立ちなさい、

と言われた。

―――

立禅の中で力を感じる。

その力を延長する、

あるいは力を動かす。

―――

こう書くと非常に抽象的な表現になる。

此処に物が無いのに、

あたかも在るように・・・、だ。

しかし、実際には良くある。

テニスプレーヤーがラケットの素振りをする。

ミートの瞬間をイメージし、

静止した状態でその手ごたえを確認する。

動作の中でミートの瞬間を切り取る。

ボールは無くても手ごたえを再現する。

いや、ラケットすら持っていなくても感じ取れるはずだ。

ピッチャーがボールリリースの瞬間をイメージして、

そこで動きを止めてフォームを確認する。

ボールを持っていなくても、

彼はボールの重さを感じ取る事が出来る。

投球の抵抗感を感じ取る。P1010005

―――

静止状態でも抵抗感を再現できる。

力を感じるとはこういう事だ。

―――

感じるという事と、

思うという事は意味が違う。

思うとは、現実とは無関係に想像するという事でもある。

だから何も無いのに、

何かがあると妄想する事も含む。

見えないものが見えると虚言を弄する場合もある。

―――

しかし感じるとは、

言い方を変えれば、

何かによって感じさせられる、

と言う事だ。

―――

ボールを打つ瞬間、

あるいは投げる瞬間に、

実際は無いボールの重さを感じると言う事は、

感じないときと何かが変化して感じるようになる、

という事だ。

その変化するところを特定し明確にする。

それが力を感じると言う、

太気拳でもっとも大事な部分を紐解く鍵になる。

―――

身体がボールの重さを感じる。

それは自分の中の何かが変化して、

身体にボールの重さを感じさせる、

という事だ。

―――

フォームによってその重さ、抵抗を感じ取る事が出来る。

という事は、筋肉や腱の緊張が骨格や関節の変化によってもたらされ、

身体に重さや抵抗感を惹き起こすと言う事だ。

―――

禅は殆ど手足を動かさない。

しかし、ちょっとした関節や力の方向の変化、

あるいは筋肉の緊張の内部的な調整で、

動く事で得られるのと同じ重さや抵抗感を得る事が出来る。

僅かな内部的な変化によって抵抗の方向転換を可能にする。

その繰り返しが、

可視的な手足の変化ではなく、

もっと深いところでの人の根源的な中心を教えてくれる。

この転換の振幅が小さくなれば振動になる

―――

内部的な変化、

例えば肩関節の上下、頚骨と肩関節の変化、

股関節の具合、背骨の角度変化、

あるいは肘の僅かな捻れ。

そういったものは外部的には見て取れない。

そんな内部的な調整が上手くいった時に、

初めて力感が生まれる。

―――

樹を抱くように立つ。

樹を抱くと思うのではなく、

此処に樹が感じられるように立つ。

―――

今日のテーマはこれ・・・。

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つぶやいた・・・

20111119日(土)

P1010002

5時起床、雨。

うねりは80cm超ですが風波。

なんかな~・・・。

―――

about 太気拳

「物事は・・・」と簡単に言ったりする。

でも、物と事はまるで違う。

物は変わらない、

物だからだ。

「事」は「物」を含めて起こる事象だ。

だから事は次々と変転する。

―――

情報も物だ。

書かれた事、

話された事、

起こされた事件は、

時間を経ても語り継がれる。

つまり形になる。

だから過去は物になる。

情報と言うものになる。P1010005

それに引き換え、

これから起きる、

あるいは今起きている事は形にならない。

―――

稽古での攻防には雛形がある。

こう来たらこうってやつだ。

これは情報で「物」だ。

何故なら何回でも繰り返せるからだ。

―――

事は物から起きる。

物が事を惹き起こす。

人が事件を起こすのと同じ。

物と物の関係が事を惹き起こす。

人と人の関係が事件を惹き起こすと同じ。

だから順序として、

事は物に収まらない。

―――

と言うことは、

いくら物を繰り返しても、

事には対処できないと言う話になる。

―――

物で事に対処できるようにするためには何が必要か。

答えは簡単だ。

事を物で縛れば良い。

それをルールと名付ける。

―――

そして起きる事を限定する。

事を物の中に収める。

事が物になる。

事は物の内側でしか起きない。

つまり、

物が事になる。

ルールは制度化と言い換えられる。

―――

喧嘩には弱いけど、

稽古で強いってのはこれだ。

喧嘩は事で、

稽古は物だ。

もちろん逆もありだ。

―――

ああもしたい、

こうもしたい、

でも、ああもこうもしちゃいけない。

―――

なんて退屈だ、

と思う。

―――

太気拳は事ですね。

一言弟子がつぶやいた・・・。

―――

複雑な事を考えると、

頭が筋肉痛になる今日この頃。

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出家・・・

20111118日(金)

P1010025

5時起床、曇り。

昨日の事は昨日で終了。

再び波の無い夜明け。

―――

海岸偵察で鵠沼まで。

スケートパーク前で膝。

ちょっと出来るか出来ないか、

ですが朝一で三人ほど海に入ってました。P1010030

―――

帰りに海岸のデッキでちょっと禅を組む。

これが妙に気持ちよかった。

吊るされたアンコウのような気分で、

内臓が身体の中でフルンとぶら下がってるようで、

伸びやかな気分になる。

此処に居るだけで満足。

―――

暫く同じ気分でぶらぶら歩き、

歩いては立ち止まって禅を組んで、

また歩いてはゆっくりと力に触りながら動く。

―――

禅を組む事も含めて、

稽古は行だな、

と思う。

行を積む事で、

こんな娑婆っ気の抜けた気分になる。

気分は出家・・・。

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謙虚だ・・・

20111117日(木)

P1010002

6時起床、晴れ。

起き抜けのチェックはいつもの通り。

ですが、今朝はちょっと違う70cm台。

南下した低気圧のせいでしょうか。

何はともあれ波が有りそう。

しめしめと思いながら、

そわそわしながらお茶飲んで・・・。

朝食は後回しにして着替えて海。

―――

残念ながら茅ヶ崎エリアはいつものように波が無い。

東に走ること15分でポイント到着。

サイズは腿から腰で結構空いてる。

入るといつものお馴染みの皆さんが居て笑顔で挨拶。

波がある時の皆さんの笑顔は実に幸せそう。

これで良し、と言う一本に乗れて満足な3時間でした。

ああ、良い一日の始まりだ。P1010005

―――

about 太気拳

人の考え方っていうのはどんどん変わる。

古い弟子と昔の事を話したりする。

そうすると、

忘れていた事を思い出したりする。

―――

以前は組み手をするため、

組み手がしたいために稽古をした。

強くなりたい、

勝ちたい、と思った。

稽古はそのために手段だった。

―――

今は違うな、と思う。

稽古の一つの要素として組み手がある。

そう思う。

稽古が手段じゃなくて、

目的って言うとちょっと違う気もするけど、

稽古を通してしか見えてこないものがあるんじゃないか、

とそんな気がする。

だから稽古する。

―――

何時か組み手が出来なくなるときが来る。

衰えると言うのはそういう事だ。

でも、そうなっても、

稽古を通して見つけること、

見えることがあれば良いと思う。

―――

P1010004 久しぶりに良い波に乗ったせいか、

今日はとっても謙虚だ・・・。

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迷いだ・・・

20111116日(水)

P1010001

最近の傾向。

何故か判らないが、

夜中に波が上がり、

朝になると無くなる。

日付の変わる頃に80cm近く上がったと思いきや、

朝になると40cm台。

P1010004 何でこうなるの・・・。

―――

それでも水浴びのつもりで鵠沼スケパー前。

サイズは膝から腿。

何とか楽しく一時間。P1010005

―――

about 太気拳

一人稽古を続けてると、

強くなった気になる。

こんなことが判った、

とか、こうすれば良いんだ、

といろんな事に気がつくからだ。

ところが対人稽古になると、

思ったようにならない。

当たり前だ。

相手のあることだからだ。

―――

良くあることだ。

そんなことを何回も繰り返した。

一人で稽古でいろんな発見がある。

家に帰って連れ合いに言う。

「今日から名人と呼んでも構わないぞ」。

何度そう言ったか判らない。

連れ合いは「またか」と思っているのかそうでないのかそっけない。

―――

意気揚々となるが、

対人稽古になるとまるで上手くいかない。

工夫する。

いろいろ工夫する。

工夫ってなんだ、

と考えるとそれは迷いだ・・・。

稽古では迷う。

迷うから工夫する。

ああすれば良いのか、それともこうが良いのか。

―――

一人稽古の時は迷う。

迷うのが稽古。

でも、対人稽古の時は迷わない。

迷いを捨てる。

そこでできる事に集中する。

迷う時と迷ってはいけない時。

この二つをはっきりさせる。

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アウフヘーベン・・・

20111115日(火)

P1010006 

4時起床、晴れ。

うねりは50㎝台。

まずまずか、と思いきや、

時間とともに落ちてきてあっという間に40cm台。

まずは落ち着いてお茶を飲んで・・・。

―――

慌てずに着替えて5時半出発。

暗い中をキーコキーコと自転車漕いで・・・。

たどり着いたのがスケートパーク前。

P1010005 サイズは腿、一本だけ腰サイズに乗れて満足でした。

―――

about 太気拳

物事は日々刻々と変化する。

世の中に変化、変転しないものは無い。

万物は流転、漂泊、流れ去り、

留まる場所も時間も無く、

昨日は流れて今日になり、

今日が過ぎ去り明日になる・・・。

―――

と言う事で、

毎度の事ながら組み手で、

ああでもないこうでもないを繰り返す。

良しと思っても、

次は良くない。

こちらが工夫すれば、

あちらも工夫するで、

これで万全が無い。

―――

同じと思っても、

今日の自分は昨日と違うし、

気分が違えば動きも反応もまるで変わる。

―――

ともすると、

こうすれば全て上手くいく、

などと調子の良い事を考えるけど、

定まったものが良いわけじゃなくて、

結局はうつろうものをうつろうものと定めるのが大事と落ち着く。

―――

これを称して、

動的実態、アウフヘーベン・・・。

―――

などと埒も無く、

とりとめも無い事を考えながらも、

やりすぎは良くない、

が昨日の反省・・・。

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非常識・・・

20111114日(月)

P1010003

6時起床、曇り。

いつものとおりに熱いお茶を飲みながら、

うねりチェックは40cm台。

北風がさわさわと庭の木を揺らす。

窓を開けると気持ちよい外気が吹きこむ。

風向きのせいで東海道線の通過音が届いてくる。

通過音が聞こえるときは北風。

聞こえないときは南風。

―――

P1010002 海岸偵察では僅かにうねりがある程度。

ともあれ着替えて東に20分走ってサイズは膝。

まあ、なんとかできたかな・・・。

―――

昨日の夕刻、

海岸の夕陽が沈むところを見に行った。

ついでに写真も、

と思って撮ったんですが何故かピンボケ。

カメラは良くても腕が悪い。

なんたってカメラは話題のオリンパス・・・。

―――

about 太気拳

常識と非常識がある。

その違いってなんだろう。

稽古しているとつくづく常識は勘違い、

あるいは思い込みに踊らされてと気付かされる。

常識の嘘、思い込みの見当外れ。

そんな中に居たんだ、と愕然とする。

そんなものを一つ一つ丹念につぶしていくのが稽古。

そうしていくと、

ヒトってものがどんな生き物なのかが少しずつ見えてきたりする。

―――

問題の立て方。

問題は関係性。

相手と自分の位置や力の関係を変化させる。

相手を動かそうとする。

動かないから動かせるように力を鍛える。

これも一つの問題の立て方。

相手を動かそうとする。

動かないから自分が動く。

これももう一つの問題の立て方。

―――

稽古で皆がそれぞれの問題を抱えて

解決のために工夫する。

問題が何処にあるのかを探るのが一番。

次に解決の方法を探る。

問題が何かを間違うと、

そこから先はお先真っ暗。

―――

問題の立て方は現実を見る眼の問題。

本人の思ってるところと、

まるで違うところに問題があり、

解決がある。

見る目を変える。

つまりは視点の転換。

そのために常識を振り払う。

―――

見えないものは無い事にする。

そうじゃなくて、

見えないものの中にこそ大事なものが潜んでいる。

見えないものを見ようとするのが稽古。

―――

天野の常識は、

多分皆の非常識・・・。

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終わった・・・

20111113日(日)

P1010009

6時半起床、晴れ。

たった一日、たった一日の波ありディ。

終わった・・・。

うねりチェックで40cm台。

朝食後に海岸偵察。

―――

うねりはあるものの満潮のせいかノー・サーフ。

温かい陽射しの下で相変わらず釣り人の天下です。P1010002

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気分最高・・・

20111112日(土)

P1010006

5時半起床、晴れ。

うねりチェック!!!

うほ、80cm台!!!

もちろんGo!!!

―――

昨夜は稽古から帰ってまずはサッカーの結果。

勝利を確認して次はうねりをチェック。

お、上がってます、で1m超。

今頃上がってももう遅い、

と言うか早過ぎる。P1010007

どうせ夜にうちに波が上がって、

明け方にはいつもの波無し湘南に。

と思いつつ寝たんですが・・・。

良いほうに裏切られて気分最高。

―――

サイズは腹から胸で久しぶりの波らしい波。

ふ~、良い気分でこれから稽古。

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修業と修行の違い・・・

20111111日(金)

P1010010

6時起床、雨。

何故か夢の中で腕を骨折。

夢だから痛くは無いんですが、

何でこんな夢を見たのか不思議。

正夢にならないように気をつけよう。

―――

低気圧接近で波が、

と思ってのうねりチェックは30cm台。

いや、今日はこれからこれから。

朝食後に海岸偵察に出発。

残念ながらと言うか、

思ったとおりの凪の海。P1010003

沖の岩礁に白波すら立たない。

―――

想像力、と言うものについて考える。

世界はここに在るように在るんじゃなくて、

それぞれの頭の中で想像力によって再構成される。

だから100人居れば100の世界がある。

想像力は言葉によって支えられ、

言葉を原資にして知識知性が生み出される。。

と言う事は、

その言葉によって世界を共有できる、

と言う事になるはずだ・・・。

はずだけど、

そう上手くいかない。

―――

昔夢中になっていたサッカーを思い出す。

視界は自分の身長の高さから見えるものでしかない。

その高さから見えるものしか見えない。

しかし、その視界から入った情報を俯瞰的に再構成する能力があれば、

P1010002 その選手はゲーム・メーカーになる。

眼の前の風景を頭に中で再構成して全体を把握する。

点取り屋はまた別の視点で再構成する。

だから同じ風景が違った見え方をする。

別の意味を持つ。

同じフィールドに同時にいながら違うものを見る。

―――

稽古で弟子が面白いことを言う。

彼はちょっとした怪我で組み手はお休み。

組み手をやらない、

と言う前提で人の組み手を見ると、

まるで違った見え方になる、

と言う。

そういうものだ、と思う。

そこに武術を求めようとする時の大事なこと、

つまり視点の転換という問いかけが隠れてる、

と思う。

ただ眼の前の相手、

あるいは置かれた状況が、

ちょっとした見方の違いで別のものに見える。

在るように見るんじゃなくて、

そこに恣意がある。

―――

自分自身と、

そして取り巻く状況を含めて新しい視点を見つけていく。

新しい世界を再構成していく。

技でも形でもない、

って言うのはこういう事だ。

これが修業と修行の違い・・・。

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歯がゆい・・・

20111110日(木)

P1010011

6時起床、曇り。

夜中に本を読んでいて、

眠くて眠くてしょうがなくなって就寝が2時。

睡眠時間の割にはスカッとした目覚め。

―――

うねりチェックはまったくスカッとしない20cm台。

持てる希望はただ一つ、

太平洋を東進中の低気圧。

久しぶりに期待しながら見る天気図、

今日の夕方には波は上がるか、

明日の風はどうか。

ああ、気が揉める・・・。

―――

なんて能天気な事考えながら海岸偵察。P1010006

凪の静けさと低い雲のおかげか人が少ない。

渚はサーファーが居ないので釣り人の天下。

空いているデッキで暫く禅を組んで探手。

―――

about 太気拳

力を感じる、力に触る、

と言うのは自動車に例えれば、

ギアを入れた状態だ。

エンジンと車輪がシャフトでつながり、

その間のギアで力を繋げ、切り離す。

車が動かなくてもエンジンは回転している。

前後左右のギアを入れ替え続けるのが振動、振幅の原点。

―――

ギアが噛む。

力を感じる。

しかし、力を感じることにばかり気を取られるとまずい。

肝心の速さを失いかねない。

―――

ギアの噛む直前の状態。

つまりエンジンの始動順序を微動で感じ取る。

ギアが噛んだ状態ではエンジンは始動できない。

ニュートラルの状態でエンジンが始動し、

その直後にギアを噛ませる。

中心の振動が力に転換する瞬間だ。

それを求める事が反応の速さを引き出す。

―――

P1010008 立禅を組むことでしか見えてこないのが、

この部分だと思う。

例えが適切かどうかは不明。

しかし、言葉で伝えられるのはこんな事だ。

―――

言葉にはこだわりたい。

初めに言葉ありき、は聖書の言葉だけど、

言葉がないと考えられない。

いや、感じていることの区別さえつかない。

何を感じているのかさえ認識できない。

言葉がないと欲求の充足と欠乏を漠然と感じ取ることでしか生きていけない。

三大欲求の食欲・性欲・睡眠欲さえ区分は無く、

怪我と飢餓の区別すらつかないだろう。

そこにあるのは漠然とした不快・苦痛・焦燥でしかない。

―――

言葉は人だ、

とは思うものの自身の貧困は覆うべきも無い。

それでも言葉をひねり出す。

―――

味覚を言葉に換えようと苦心惨憺する人も居る。

五感は周囲の環境変化を感じ取る。

発信はそれを言葉に変換することで可能になる。

そこに変換・転換が起きて、

伝わるものが変質する。

―――

発信者の言語能力が問われ、

受信者の理解能力が問われる。

それでも発信し受信しようと思うのは、

人の業みたいなものだ。

―――

いつもそんな気持ちで稽古がもどかしい。

なんて書くのが良いのか、

それとも・・・。

―――

稽古が思うとおりに運ばなくて気持ちが晴れない。

―――

とでも書けば良いのか。

どちらにしても歯がゆい・・・。

―――

言葉が人で、

人が言葉になるとどうなるか。

その二つが一つになると、

「信」という文字になる。

古人の叡智が言葉・文字に宿る。

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心底うらやましい・・・

2011119日(水)

P1010004

もちろん今朝も乏しいうねり。

海岸に出ても僅かにうねりの筋が見えるのみ。

悲しい・・・。

現在沖縄付近にある低気圧が週末にかけて接近。

雨のち晴れで、土曜と日曜日が波乗りディ。

平日に上がって欲しいんですがね。

―――

about 太気拳

振動とは、

二つの壁の間を力が撥ね返ること。

立禅ではこの二つの壁をはっきりさせる。

この壁は左右の力感。

力感を感じ取り、

そこで跳ね返る。

その繰り返しが振動になる。

右に行こうとして行けず、

左に行こうとして行けない。

しかし、この壁を感じ取る事だけでは不十分だ。

禅ではこの力感を感じ取るが、

練りではこの力感を運ぶ。

力に触り、

失わないように力を運ぶ。

禅で感じ取った力感を延長する。

延長して初めて静が動に移行する。

―――

推手はその力感の延長をお互いにぶつけ合う。

力を抜いても力感が失われず、

力の源泉を探る。

―――

昨日の稽古後の雑談。P1010007

「気」の話になって、

某先生の話。

指を差し出して、

此処から気が出る・・・。

―――

本人がその気になるのは構いませんがねぇ・・・。

―――

科学が進んで、

様々な事が解明される。

いろいろな事が判ってくるが、

科学が進歩すればするほど、

究明できない事が出てくる。

だから指から気が出る、

そんな与太を信じる人も居るのかもしれない。

―――

殴ったって簡単に倒れないのに、

触らないで人を倒せるのか。

心底うらやましい・・・。

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戦々恐々・・・

2011118日(火)

P1010005

4時半起床、晴れ。

うねりチェックで40cm台。

どうも夜半には60cmぐらいまで上がったようですが、

それも一瞬の事。

夜明けとともにお馴染みの波の無い湘南。

今日も膝波でショボショボか。

―――

まずは海岸偵察から一日の始まり。

低い雲が垂れ込めて朝陽は望めそうに無い。

もちろん波は無し。

ちょこっと禅も組むか、

と言うつもりで始めたんですが、

だんだんその気になってきて、

結局小一時間禅を組んだり探手をしたり。

外を出来る限り動かさずに芯だけを揺るがす。P1010008

―――

気分と言うものは実にころころ変わるもの。

いつでも気分を変えられるというのが稽古の面白いところ。

―――

雲散霧消とはよく言ったもので、

明るくなってくると今まで低く覆い被さっていた雲が徐々にちぎれ、

雲間から陽光が漏れてくる。

帰る頃にはスカッとした青空。

P1010009 秋晴拭うがごとき・・・。

―――

アマゾンの電子書籍サービス「キンドル」の契約進行との記事。

電子書籍の販売価格決定権が流通側に移行の可能性あり。

むむ、地殻変動の地響きが深く静かに進んでたんですね。

単純に紙から電子版への移行じゃなくて、

価格決定権の移譲ってのは出版の在りかた全部ひっくり返す事になるんでしょうか。

読者としてはどうなっていくのか興味津々、

出版関係者は戦々恐々?

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打ち出の小槌・・・

2011117日(月)

P1010001

4時半起床、晴れ。

早起きしても波がある訳じゃなし、

と思いつつも早く寝れば早く起きる。

うねりチェックは30cm台。

それでも今日はちょっと遠出の予定。

先輩方と七里ガ浜。

7時に到着でサイズは何とか腿くらい。

たらたらっとした波にちょこっと乗ってご苦労様。

波待ちしてると、

脚にリーフが当たるくらいで、

方向転換するとフィンがガリッとこする。

それでも2時間ほど楽しんで終了。

贅沢は言わない。

海には入れれば満足です。P1010009

―――

稽古帰りの電車の中。

中吊り広告にパチンコ屋さんのイベント案内。

出ます出します、はお決まりですが、

頭の中で何故か「打ち出の小槌」が閃く。

はてさて、

「打ち出の小槌」の語源はなんだろう。

そんな方向にシナプスがピカピカ繋がって、

たどり着いたのが鍛冶屋さん。

打ち出す、とくれば鍋釜。

小槌を振るって鍋釜、鋤鍬を打ち出し、

包丁から時には刀まで打ち出す。

砂鉄を鞴(ふいご)で熱して、

槌を振るって魔法のように利器を産み出す。

―――

一寸法師やドラえもんの「打ち出の小槌」。

こんなところが語源かも・・・。

ーーー

ちょっと調べたら語源はわかりませんでしたが、

兵庫の芦屋に打出小槌町と言う町名がありました。

やはりお金持ちが沢山住んでるんでしょうね・・・。

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アレキサンダー大王・・・

  2011116日(日)

P1010009_3

5時起床、雨。

低気圧接近で、

ひょっとするとうねりが、

との期待は単なる期待に過ぎなかったようで、

相変わらずの30cm台。

ため息をつきながらお茶。

―――

期待しないで海岸偵察。

静かな海を眺めながら暫く散歩。

P1010011 一瞬だけ雲間に太陽にシルエット。

―――

新聞を読み終えて、

今度はチラシチェック。

日曜日の折り込はいつもと違って求人情報が多い。

なんか面白い仕事はないもんか、

と思って探すとありました。

「錠前技術士」募集。

開かない鍵を開ける。

小説の題材になりそうな仕事で、

面白そうですが、

想像してるだけにしておいたほうがよさそうです。

―――

開かない鍵、と来れば「ゴルディアスの結び目」。

いろいろメタファーな解釈があるそうですが、

止めない結び目を如何に解くか。

ああでもない、こうでもない、

をスパッと断ち切る。

コロンブスの卵みたいなもので、

武術も大体はこの伝。

「奥義書」なんてものの存在も、

せいぜいがこれで、

だからこそ秘するんだろうな、

と思ったりする。P1010002_2

―――

当たり前を疑う。

建前に踊らされない。

これが奥義・・・?

と言いつつ、

昨日の組み手では思うようには行かなかった。

なかなか結び目を解いたアレキサンダー大王のようには行かないもんです。

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備忘録として・・・

2011115日(土)

P1010008

6時起床、晴れ。

蚊の羽音で何度か眼が覚めた。

気がついたら手の甲を喰われていて、

夢現で蚊を呪いながらの目覚め。

もちろん波は無し、

と思いつつチェックすると40cm台で、

これはひょっとすると出来るようになるのかも・・・。

―――

P1010009 海岸偵察では昨日よりは多少うねりあり。

今日と明日の二日間、

カヌーの大会があるようで、

関係者が朝早くから準備に忙しそうな雰囲気でした。

ちょっと海岸をウォーキングして帰宅。

―――

ギリシャ国民投票中止。

混乱の極みってところで、

何とか踏みとどまったか・・・。

「愛知」の国ギリシャ。

ギリシャと来ればソクラテスにピタゴラスが紀元前5世紀。

その頃の日本は古事記や日本書紀からしか見えない。

世界に冠たる弁証法源流の栄光も窮地で、

やはり万物は流転・・・。

哲学の国は経済に疎いのかな~。

―――

朝刊ではイタリアがIMFの監視下に。

16世紀の花開くルネサンス。

ミケランジェロ、ダ・ビンチの国も流転、流転。

―――

なんて事言う前に、

黄金の国ジパングも円高で汲汲。

今を生きるのに、

過去の栄光はなんにもならんか・・・。

―――

about 太気拳

とりあえずは二つの原則。

接点の意味を変えるには、

そこを変化させるのじゃなくて、

大本を転換させればおのずから接点の意味合いが変化する。

もう一つは、張りあるいは力感の問題。P1010004

筋収縮で関節の角度変化で身体は動くが、

関節の強度は螺旋を含む伸張で引き出す。

―――

まずは備忘録として・・・。

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恵みの源・・・

2011114日(金)

P1010022

4時半起床、晴れ。

期待しないでうねりチェックは30cm台。

やっぱりね、と落ち着いて朝のお茶。

夜明けまで新聞熟読。P1010033

―――

海岸偵察に行くと、

ちょうど日の出。

雲の間から朝陽が顔を出す。

太陽に拍手を打つ方が結構居ます。

日の出を見ると、

本当に恵みの源だな、と思います。

P1010039 もちろん波は無し。

帰りにちょこっと禅を組んでから帰宅。

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湘南マラソン・・・

2011113日(木)-②P1010003

朝よりも波が上がっているとの情報が入ったので、

昼食後に海岸偵察に出発。

R134を横切るところで湘南マラソンの皆さんと遭遇。

確かにこれだけ人が出ていれば海も空いてるかも、

と妙に納得。P1010004

海に着いてみると波は思ったほど上がっている様子も無し。

海岸散歩で出会った先輩方と忘年会の相談。

毎年希望のお店の予約が取れないので、

今年は早く日程を、

と言われたんですが、

これってひょっとすると幹事をやれって事なんでしょうか。

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当たり前・・・

2011113日(木)

P1010001

なにやら階下が騒がしい、

と思って眼が覚めたのが6時半。

部活に向かう娘が朝食を摂るのを見ながらうねりチェック。

久しぶりの50㎝台。

休日は混むんで嫌なんですが、

今日は特別。

速攻で着替えて娘の朝食が終わる前に出発。

速きこと風の如し・・・。

―――

自転車を走らせながら海の様子を見る。

茅ヶ崎エリアのうねりは胸くらい。

でも波乗りは不可。

結局辻堂まで走って腿からたまに腰。

見渡すといつもの皆さんもこちらに遠征の様子。

顔を見合わせてご挨拶。

思ったほど混んでなかったんですが、

暫くするとどっと人が増えて、

波を追っかける形相の凄まじさにタジタジ・・・。

と言う事で、まあまあの波乗り一時間。

―――

P1010009 今日はR134で湘南国際マラソン。

サーファーでも参加の人がたくさん居るので、

ひょっとするとそのせいで少しは人が少なかったのかもしれません。

―――

about 太気拳

別に大した事教えてるわけじゃない、

と実は思ってる。

天野が教える。

弟子は教わる。

教わって納得する。

教わって納得しないで欲しい、

と思う。

納得するより、

何で自分はこんな当たり前の事に気がつかなかったんだろう、

と悔しがって欲しい。P1010005

そんな当たり前しか教えられない。

―――

「理」があると言う事は、

実はとんでもなく「当たり前」という事だ。

秘するものなんて何処にもありはしない。

「当たり前」は眼の前にあるからだ。

太気拳は当たり前すぎることを、

当たり前に実践しようとするだけだ。

だから天野の言う事は、

いつも当たり前・・・。

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慰めあって・・・

2011112日(水)

P1010001

うす曇の海岸は、

水平線と空との境目もあいまい。

波は昨日よりも下がり、

殆ど湖のような様相。

暖かいので犬の散歩やウォーキングの皆さんが多い。

波乗りは今週末あたりまではお預け。

途中であった先輩も、

もう2週間入ってない、

との事。

そのうちにきっと波が来ますよ、

とお互いに慰めあって・・・。P1010006

―――

about 太気拳

物事には何でも理がある。

理の無いものは駄目だ。

こんなことは当たり前だけど、

大事なのは何が理であるのかを見極める事だと思う。

―――

空手の基本で腰だめに拳を構える。

多分この構えから繰り出される拳は一番速い。

何故なら理があるからだ。

しかし、その速さを引き出す理が何なのかを見極められないと形に拘る。

形から引き出された理を、

もっと広く敷衍しないと仲間内でしか使えない。

形を捨てても、

理が残れば空手だと思う。

―――

誰も組み手で使わない内受けや外受け、

あるいは下段払いに上段受け。

これだって十分理がある。

前腕を使うと言う事においては十分に理がある。

しかし、それを受けの形だと理解すると使えない。

P1010004 これは意識の使い方が問われないからだ。

―――

意識の使い方と言っても難しいものじゃない。

サッカー選手がバスケットをすれば足で蹴らない。

バレーボールの選手がサッカーをすれば手を使わない。

意識の使い方で身体の使い方なんて簡単に変わる。

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悲しいかな・・・

2011111日(火)

P1010005

6時半起床、晴れ。

相変わらずの乏しいうねりは30cm台。

高気圧の吹き出しからの東うねりとの事。

東うねりに弱い湘南。

皆さん湯河原の吉浜通いとのこと。

日曜日はなんと250人。

これではちょっと勝負にならん・・・。

―――

朝食後に海岸偵察はいつものとおり。

見るとうねりは思った以上にある。

これで地形さえ良ければ胸位になるんじゃないかな、

とは大先輩の言。

そうなんです。

何処も地形が悪くて、

うねりはあるんですが波乗りにならない。

悲しいかな、悲しいかな・・・。P1010009

―――

about 太気拳

肩の調子もようやく戻りつつある。

まだ違和感はあるものの、

昨日の稽古でじっくり推手。

ひょっとすると今朝あたりに影響が出るかも、

と思ったがそれも無し。

少し気が軽くなった。

―――

いつも稽古に来る事が出来ない、

遠方の会友員からメール。

いろいろ試していて疑問が出てくる。

これが正しいのか、それとも間違っているのか。

稽古をしてると山ほどの疑問が出てくる。

疑問が出てくるのは稽古してる証拠。

疑問のわかない稽古なんてものは意味が無い。

判らない、苦しい、

こうか、それともああか、と悩む。

疑問が出てくることが素晴らしい、と思う。

大部分は疑問を持たずに稽古して、

ただ結果が出ない事に苦しむだけだからだ。

―――

こうすると、

ああもなるし、こうもなる。

どちらが正しいんだろう、

と思う。

違う、天野は思う。

出てくるものに正しいも間違ってるも無い。

出てくるものは、

あるものが出てくるだけ。

それだけの事だ。

出てくるべくして出てくる。

正しいとか間違っているとか、

そんなのは人が勝手に頭で作った価値でしかない。

あるもの、出てくるものを、

そういうものとして受け入れる。

そこが出発点。

苦しむ勇気、

あるがままを受け止める心の広さ。

―――

数学や物理と違って、

太気拳は形や数式にならない。

もしそれが可能だとしても、

それは結果にしか過ぎない。

―――

だから稽古でも様々な例を挙げて力や変化、速さの原理を言葉にする。

でも、それは結果を理屈で理解するに過ぎない。

―――

結果にいかに自分が辿り付くか。

そのためにどうすれば良いか。

それは言葉にも数式にもならない。

そこが問題だ。

人は皮膚一枚で他人と別れる、

引き裂かれている。

皮一枚で引き裂かれた内に育ったものを、

P1010004 自分の内に再現するのは、

結局は孤独になるしかない。

―――

稽古は孤独と向かい合う。

その孤独を引き受ける。

―――

あいつも引き受けているんだ、

そう思うと勇気がでる。

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