« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »

2017年3月

拳打寸勁・・・

2017年3月30日(木)

P1010002_3


朝寝を決め込んで二度寝。

のんびり起きだして、

朝ドラを見ながら朝食。

春の陽射しを浴びながら海岸に出ると、

ポイントによってはサイズ膝たまに腿で、

ロングなら何とかのタラっとした波。

この波では入る気になれず、

デッキで先輩連と無駄話井戸端会議。

噂話、病気体験談に失敗談、

たまにお決まり、

最近の若い者は・・・。

皆さん歳を取ると面白い話の事欠かない。

春休みに入ったので、

最近の若い者が素足で水遊び。

P1010006


―――

About 太気拳

拳打寸勁の稽古がはっきり出るのが推手。

特に双推手は寸勁の意味を知るのに最適な方法だ。

肩から肘にかけての張りは、

組手の打であり、差しであり払いである。

常に相手の中心を射抜く気分を持つことを要求される。

ただ接点を維持して守るではなく、

寸勁の準備であるとともに、

寸勁そのものにしていく。

特に注意したいのは、

「打つ」がボクシングや空手のようなものとは異なることだ。

「打」に普通見られる腕の屈伸は、

ただ隙を作るだけで、

無駄であり、

意味がない。

だからこそ拳打寸勁・・・。

| | コメント (0)

情報ではなく現実・・・

2017年3月29日(水)

P1010004


春を感じさせてくれる陽射し。

しばらく歩くと、

背中が汗ばんでくる。

今朝は昨日よりも厳しめな海。

通り過ぎた先輩が

「向こうならテイクオフくらいはできるかも」

と一言波乗り情報伝達・・・。

P1010001_9


―――

About 太気拳

日常の活動で使い慣れた力を「本力」。

それに対して拳術の訓練を通して獲得する力を「功力」。

拳術に特有の力のことだ。

様々な稽古法は、

この特有な力を得るためのものだ。

―――

稽古法は情報化できる。

つまり言葉にも形にもなる。

情報は簡単に検索できて、

パソコンの前に座れば一発で手に入る。

お手軽で今風。

稽古法を知ることで何かを知ったと勘違いする。

稽古法という情報を知るのは簡単、

そしてそんな情報を教える人は何処にでもいる。

もちろんそれを有難がる存在があるからだ。

需要と供給だ。

仮想現実のやり取り。

―――

しかし稽古をいくらやっても、

拳術に特有の力「功力」の実態を知り、

その為に稽古法から抽出すべきものを明確に出来なければ、

拳術の実態を伝えることは不可能だ。

その「功力」は情報にならない、

お手軽にパソコンで手に入るものではない。

必要なのは、情報ではなく現実・・・。

| | コメント (0)

上手い人は上手いですね・・・

2017年3月28日(火)

P1010013


よく判りませんが、

西うねりっぽい雰囲気。

今のところは満潮で超インサイドの膝。

しかしながら上手い人は上手いですね・・・。

本日は大潮。

潮が引けば少しはいけるかも・・・。
P1010017_2

―――

About 太気拳

拳術は「拳打寸勁」。

拳打寸勁の意味。

これを打拳に限定してはいけない。

寸勁は攻守共に言える事だ。

守り、避け、打つ、抑えるの動作全てが寸勁。

また寸を距離と考えてはいけない。

寸は僅かな、の意味で距離ではない。

守る構えから僅かな動きで打ち、避け、抑える。

全身の協調性が失われることなく、

つまり渾元力を失うことなく動くこと。

勁力を用いての攻守、

それが拳術の目的。

その為に「模勁(力)」つまり勁力を探る。

探るべき力は「渾元力」、つまり全身の協調。

全身の協調は矛盾の統一から得る、

つまり矛盾力。

―――

ここに至るには多くの道がある。

道は多くても、

目的地は一つ。

道に拘るのではなく、

その至るところに拘る。

流派を問うのではなく、

質を問う。

P1010020

| | コメント (0)

さにあらず・・・

2017年3月27日(月)

朝から冷たい雨。

春が近くなったと思ったらさにあらず・・・。

北風が強く、

低気圧の波も抑えられて厳しめ。

稽古後に海、

と思ったが無理そうです。

ま、その分雑念無く稽古。

―――

About 太気拳

最近はよく王郷斎師や姚宗勲師の著作を読み返す。

翻訳は無論佐藤聖二氏のおかげで、

相変わらず頭が上がらない。

昨日のセミナーでも、

教えたことの基本は姚師の意拳。

―――

師は述べる。

身体の運動はいずれも神経系統の支配下にある。

筋肉の収縮は骨格に作用を及ぼす。

つまり、骨格を梃子とし、関節を要とし、

筋肉の収縮を動力として、身体に各種の活動を行う。

拳術の練習をするにしても、

この原理から離れることはできない。

―――

拳術の目的は何であるのか。

それは、

骨格と関節の織り成す合理的な梃の発見と運用、

そして支点の転換による力量自体の変化と方向の転換、

それらを明らかにすることだ。

関節をギアとした骨格の合理的な運用は、

時として想像以上の力と速さを生み出す。

その源泉となるのが渾元力であり、

それを自らのものとすることが拳術の目的であり、

そこに於いて多くの先人と繋がる。

拳術における骨格と要の関節の梃子の原理は、

「方と円」の要素の活用だ。

要としての関節の活動は円を生み、

生み出された円は方に於いて力に転換される。

同時に支点の変化に関して注意しなくてはならないのが、

「虚」と「実」の取り扱い。

先人の言うところの「虚」とは何であり、

それに対する「実」の意味するところを明確にする。

「虚」に「実」が潜み、

「実」は「虚」に裏打ちされる。

―――

ここで注意するのは、

言葉は現実の下に生み出されるもので、

言葉が現実を生みはしない。

練ることで生まれた現実が言葉になる。

簡単に言えば、

出来なきゃ、

何を読んでも何も分からん、

って事。

| | コメント (0)

最後の仕事・・

2017年3月25日(土)


P1010007

波の気配もなし。

のんびりまったりと散歩。

来週前半には波乗りできそうなんですが、

実は先日こけて尾骶骨強打。

稽古は問題ないんですが、

今のところはテイクオフ動作は厳しめ。

さて、どうなりますか。

―――

P1010005


今日は亡父の13回忌。

父の生きた時代。

戦争から高度成長期を生き抜いて、

ちょうど朝の連ドラ「べっぴんさん」の主人公達と同世代。

そういえば、

ドラマと同じで、

会社から帰るといつも和服に着替えてたっけ。

もう13年か・・・。

人生はその時代に規定されるけど、

沢井先生の生きた時代も、

自分とクロスして時間を共有してはいるけれど、

さて、

父や沢井先生の生きた「今」はやはり見えない。

同じように、

自分の「今」は子供たちとも共有できないんだろうな。

しかし、

ふと鏡を見ると、

顔や頭の形が記憶の一致とまるで同じ。

つくづく遺伝子ですね~。

そして、

沢井先生の写真を見ると、

あ、同じような形になっちゃってる・・・。

これは稽古で作り上げる遺伝子。

こうして繋がった遺伝子の受け渡し。

それが最後の仕事・・・。

| | コメント (0)

そのうちいい日があるさ・・・

2017年3月22日(水)

P1010003


低気圧通過で期待の朝。

朝の散歩ではうねりはあるが割れにくそうな波。

それでも朝食後にそそくさと着替えて海。

サイズ腰から腹でたまに取れるが、

ポイントパニックの様相。

ちょっと外れるとまるで取れない。

やっと来たか、

と思うとロングにさらわれる。

一時間半で終了。

そのうちいい日があるさ・・・。

それでも

天気は良いし、

冷たい水も気持ちいい、

と、言えないこともない・・・。

―――

About 太気拳

敢えて狭き門を求める。

狭い道を進む。

もちろんそんな道を進む同志は少ない。

しかし、

本当のものがそこにある。

―――

広い門から入り、

多くの友人を得る必要はない。

―――

渾元力、矛盾力に至らなければ、

武術は無いからだ。

---

武術を求めた人生に

生きた甲斐、

があるかどうか…。


| | コメント (0)

話にもならない・・・

2017年3月21日(火)

P1010002


娘が大学を卒業して、

本番の国家試験が終了。

曰く、試験が終わったときはホッとした。

ところが家に帰って布団に入った途端に、

不安で不安でしょうがなくなってきた。

国家試験を通らなければ4年間が無駄になる。

そう思うと不安で不安で・・・。

―――

まあ、何事もなってみないと分からない気分があるもんですね~。

しかし学校を卒業しても

国家試験に通らなければ話にもならないのと同じで、

武術も稽古しただけでは話にもならない・・・。

稽古の目的は何だろうか。

―――

About 太気拳

姚先生の著書「意拳」から抜粋。

―――

拳術の訓練を通して獲得する力を「功力」という。
 
俗に「拳打は寸勁(一寸の距離から力を発す」と言うが、

拳を練るにはまず「力の模索」をしなくてはならない。

技撃に関して求められるこのような「勁」は、なんと呼ばれるかというと、

意拳の前身の形意拳では「渾元力」と呼び、

太極拳では「円勁」、いくつかの拳種では「合勁」「整勁」という。

名称は様々あっても、いずれも同じ勁を指している。

上下、左右、前後の意力が均等に伝わり、均整のとれた状態のことである。

意拳は伝統的にこのような勁を「渾元力」と呼んでいる。
 
渾元力を拳術を学ぶ基礎としなければ、

どのような技撃の功夫を我がものとするか等は話にもならない。

―――

武術の稽古の目的は「力の模索」。

力を探す旅が稽古だ。

その探し出すべき力を「勁・渾元力」と言う。

旅が目的ではなく、

勁・渾元力を発見し身に沁み付けること。


―――

P1010001

それは不思議なものでも神秘でも、

難しいものでもない。

身に付ければ天然自然で当たり前のもので、

枝に花が咲くのと同じだ。

難しく考えすぎないこと。

稽古そのものを目的化しないこと。

拳は学ぶものでも研究するものでもなく、

練ることによって得られるもの。

| | コメント (0)

思案中…。

2017年3月20日(月)

P1010015


春の陽射しに霞みがちな江の島。

なんとなくうねりはあるものの、

今のところはノー・サーフ。

すれ違う皆さんは鵠沼?

散歩帰りにデッキでストレッチ。

軽く動くとなぜか右親指が痛む。

稽古に支障はなさそうですが、

今朝の稽古にはちょっと気を付けよう。

P1010018


―――

About 太気拳

暗勁の稽古と言うと、

相手を飛ばす、と限定しがちだが、

それだけではない。

いちばん暗勁が生きるのは組手時の踏み込み。

相手を飛ばすトルクでの踏み込みは、

相手の反応以前に懐に入り込める。

ここらへんを今日の稽古で明確に出来れば、

と、工夫を思案中…。

| | コメント (0)

手が出ませんね~

2017年3月17日(金)

P1010003


昨日よりはうねりが高い気がする。

これならもう少し引けば出来そうな気配。

今のところはロングが分厚い波を辛うじてうねりから。

ショートはインサイドの膝波。

さすがにいつも入ってる人はこの波をうまく乗る。

もう少し力のある波じゃないと、

下手糞には手が出ませんね~。
P1010002


P1010004


| | コメント (0)

デコピン・・・

2017年3月16日(木)

P1010001


久しぶりの波乗り。

サイズ腿でほぼ立つだけですが、

一本だけ何故か走れた。

ところが、

数本乗ってインサイドでプルアウトの瞬間、

あってって、脚がつった。

ハムストリングに激痛で、

しばらく波に揉まれ砂だらけになりながら元に戻す。

そうだよな~、

連日稽古で休みに波乗り。

少しは休めと身体からのお達しですね。

―――

About 太気拳

弓を射る。

ぐっと弦を引き絞り引き離す。

この弓を引き絞った状態、

これが上下前後左右にあるのが六面力。

弓だろうとパチンコだろうと構わないが、

ぎりぎりのテンションの開放が速さであり、

力となる。

もっと簡単に言えばデコピン・・・。

| | コメント (0)

デッキで腹筋・・・

2017年3月15日(水)

P1010051


低気圧通過の朝。

ちょっとばかり期待したんですが、

波はまるで上がらず脛膝。

ポイントに3人入ってますが、

手持ち無沙汰。

残念ですね~。

散歩の帰りにデッキで腹筋・・・。

―――
P1010049

about 太気拳

人を動的構造物として観察すると、

矛盾力のあらかたが見えてくる。

ヒトの骨格形状はほぼ直線的で関節をもって稜を形作る「方」であり、

それを生み出す関節の動きは弧を描く運動つまり「円」である。

稜をなす方は剛だが、それを生み出す関節の動きは円であり柔である。

構造は直線的であるが動線は曲線的である。

方は円により初めて力を得る。

つまり剛は柔に支えられて剛足りえる。

剛柔方円は、つまりは静と動そのものでもある。

静と動に置き換えると、

静に於いて剛構造を調整し、

その状態を担保しつつ動つまり柔に至る。

これが動中の静であるが、

その剛の調整自体が動を前提として行われる。

これが静中の動である。

武術に要求される剛構造とそれを維持する柔構造。

剛柔方円静動はそれぞれが矛盾するものではなく、

ヒトの静的構造と動的機能の別名に過ぎない。

| | コメント (0)

あれも立禅、これも立禅・・・

2017年3月14日(火)

最近になってやっと個室をもらった!!!

―――

夜に稽古のない日は寝るのが早い。

遅くとも8時前には布団で寝息。

そうすると夜中に眼が覚めることがある。

眼が冴えて眠れない。

そんな時にベッドの脇で禅を組んで、

全身の調整をする。

この歳になって個室をもらった有難さですね。

―――

久しぶりの雨で今朝は散歩なし。

やっと完成したパソコンラックの前でご満悦です。

―――

About 太気拳

当たり前ですが、

身体は神経と筋肉、そして骨格からなる動く構造物だ。

建築物がそうであるように、

そこには電気や給排水・衛生設備が内蔵され、

それらをコントロールするMDFがある。

建築で求められるのは、

まずは構造物の強度耐震性。

どんなに綺麗に出来上がっても強度がなければ砂上楼閣。

これは武術でも全く同じ。

構造、つまり文字通り骨組みである骨格のあり方の検討。

これが基本であり、

その再構築、組み合わせ角度その他の調整、

それが立禅、あれも立禅、これも立禅・・・。

そして耐震性には柔構造と剛構造があり、

動的構造体であるヒトは、

その両方を求められる。

静的構造物つまり建物なら

ビスやボルト、溶接で動かないように止める。

しかし動を求められ動的構造物は、

ギアのかみ合わせと遊びの調整、

そして骨格が生み出す梃子の原理と

その力点支点、作用点と変化の用法。

そこで出来上がるのが柔であり剛であり、

方であり円である。

つまり時に柔であり円、

時に剛であり方となる

剛柔方円は動中には矛盾なく共存する。

その状態を作り出す力、

動的構造を保持する力を矛盾力と言い、

太極拳では円勁という。

で、結局のところ、

これも立禅・・・。

何でもかんでも立禅ですね、

と話しは結局ループする。

禅の中にすべてがあって、

それを見出すことができるか、

どこまで至ることができるか、

つまり自分の中にすべてがあって、

自分自身にどこまで迫れるか。

たった一つしかない動的構造物としての自分。

| | コメント (0)

明日か明後日か…。

2017年3月13日(月)

P1010048


さてさて、

今朝は波もなし。

あって膝。

明日か明後日か…。

―――

About太気拳

初心者に教えるのは面白い。

それは発見があるからだ。

自分が何が出来ているのか、

が明確にならないと、

何を伝えるのかが曖昧になる。

30年以上禅を組んでいれば、

すべては当たり前になる。

普通には当たり前でないことが、

当たり前になるのが稽古で、

そうなると、

普通と自分の距離感が掴めなくなる。

―――

初心者と向かい合うと、

その距離感と同時に、

如何にその距離を縮める方法があるのかを自分に問う。

そうすると、

改めて自分が何を培ってきたのかが明確になる。

その距離をどれだけ速く埋めることができるか、

が課題になる。

王向斎師が、

才能に溢れる人間なら、

100日で自分と同じになれるかも知れない、

と言っている。

さて、

自分は何日で引き上げることができるのか・・・。

| | コメント (0)

だね・・・

2017年3月12日(日)

P1010036


夜明けがずいぶん早くなった。

5時半にはもう明るい。

夜明けが早まれば、

朝飯前の波乗りの時間が増える。

今朝はサーファーはゼロでSUPが1人のみ。

次回は水曜日あたり。

―――

稽古後は大工のまねごと。

パソコンのモニターを壁掛けにして、

デスクを収納可能にして部屋のスペース確保。

こんな計画や作業が実に楽しい。

―――

About 太気拳

武術は我々の動きを基にして出来上がる、

のではない。

P1010041


武術は我々の動きの基として出来上がる。

つまり、

我々の動きの基足りえるものに、

自らを変えられるかどうか、

だね・・・。

| | コメント (0)

チューン・アップ・・・

2017年3月11日(土)

今日は末娘の大学卒業式。

思い出しますね、、

入学直前に顔面骨折入院騒ぎがあったっけ・・・。

朝から慌ただしい連れ合いと娘を見ながら、

ちょっとばかりしみじみした気分。

今日から背中の荷物が

ちょっとばかり軽くなった気分。

―――

about 太気拳

運動形式の変換。

稽古で要求されるのはこれに尽きる。

説明にはいろいろな言葉を使う。

説明して分かったらできるってもんでもないが、

それでも言葉にする。

勁力についてクランクを例にとって話すが、

ふと依然読んだ意拳関連の記憶が蘇る。

要するに力は梃の原理の応用だが、

それについて滑車の話がある。

なるほど言いえて妙。

特に暗勁は滑車の原理。

一つに滑車が動いて、

それに連動してすべてが動く。

さすが先人の知恵。

―――

運動原理の変換に必要なのは「整体」、

意拳ではこの言葉を使う。

整体とは何か。

整体とは身体のつながりを調整することだが、

普通に使われるのは消極的な意味で、

元に戻す感じで使われる。

しかし、

武術ではもっと積極的な意味合いがある。

つまりチューン・アップ・・・。

エンジンの出力や能力の向上を目的とする調整だ。

パソコンのクロック・アップと同じだ。

デフォルトからの脱却。

だって、

デフォルトは起動が遅い・・・。

武術はいろいろな技を覚えるものだと思う人が殆ど。

それはパソコンに新しいソフトを導入するのと同じだ。

しかし、

ソフトの多いパソコンほど動作が鈍い・・・。

デフォルトでソフトが多かったら、

遅くて鈍くて・・・。

| | コメント (0)

人のすべて・・・

2017年3月10日(金)

P1010008


早朝は潮が多いにも関わらず、

所によっては腰腹。P1010011


これなら朝食後も行けそうなので、

まずは腹ごしらえ。

勇んで出かけるとサイズダウンで腿。

一時間ほど入ってつまらなくて終了。

P1010014


ま、天気が良いのが救いでした。

―――

about 太気拳

コマーシャルで「心と身体、人のすべて・・・」

と言うのがある。

なるほどうまいことを言う。

これに倣えば、

心と身体、武術のすべて…、

となる。

―――

沢井先生の「太気拳は気と気分」。

気とは並外れた力と速さ、変化であり、

気分は気持ちの強さ、覇気。

この二つがすべて。

| | コメント (0)

まずは図面作製・・・

2017年3月9日(木)

P1010007


西からのうねりが入るせいか、

膝からたまに腿の波。

うまい人はどんな日でも楽しそうに乗ってますが、

下手くそは自信喪失ディになりそうなので

本日は波乗りなし。

その代わりに新規購入のパソコンとモニター周りの整理整頓。

まずはモニターを壁掛けにする段取り。

パソコンラックを無くして壁に収納デスクを設置予定で、

まずは図面作製・・・。

―――

about 太気拳

お馴染みの太極拳マーク。

太極拳の勁は円勁と言うそうですが、

確かに勁力は円のイメージを引き出す。

同時に前面と背面の協調関係は、

陰陽を表すウロボロスのような図柄に見て取れる。

このマークは思想的なものではなく、

むしろ体感のイメージ図に近い。

稽古をしながら先人と会話が楽しい。

―――

太気拳の稽古の質。

それをじっくり考える必要がある。

単なるトレーニングなら

頭を空っぽにして身体を動かせば、

勝手に筋肉がついたり動作に習熟したりできる。

しかし、

太気拳はそうではない。

何故この稽古をするのか、

何を要求されているのか、

を常に問い続けなければ実りがない。

それは多くの場合、

習慣や常識を無批判に信仰する自分との対決だ。

自分と向かい合うのは結構消耗する。

―――

どんな優れた稽古法も、

それは武術の陰に過ぎない。

その影を想像力で補わなければ、

本当の武術は見えてこない。

その為にもがけ、もがけ、

もがけぬけ・・・。

| | コメント (0)

こんな日もあるさ・・・

2017年3月8日(水)

P1010001


春の気配がする陽射し。

波は辛うじて腿。

天気に誘われて着替えて入って見たものの、

まるで乗れずに終了。

ま、こんな日もあるさ・・・。

| | コメント (0)

どんな日かって・・・

2017年3月7日(火)

低気圧通過の朝。

こんな日はのんびりできません。

どんな日かって・・・。

P1010056


P1010045


P1010051


P1010052


P1010053

| | コメント (0)

未熟の証し.・・・

2017年3月6日(月)

P1010034


海岸に出ると、

日の出を隠すように雲が広がる。

フワッと宙に浮かび

柔らかく頭上に広がる。

波はほぼ無し、フラット。

約一名が遠くのポイントにいるのみ。

P1010036


―――

about 太気拳

寸勁は相手との距離が一寸。

暗勁は接触したところからの発勁。

力はどちらも全く同じだ。

発勁で大事なのは、

腰と肩のギアの連携、

それを生み出す上体の角度。

相手の質量、抵抗があるかどうかは問題ではない。

違いがあるのは、

そこに慣性力、

つまり勢い、速度の違いだけだ。

抵抗がなければ、

その分勢いが付き速度が増す。

しかし、

核になるトルクは変わらない。

逆に言えば、

勢いや速度を求める稽古は、

本質から遠ざかることになります。

これには十分に注意する必要がある。

勁力が未熟なうちは、

どうしても勢いと速度、慣性力に頼りがちです。

もし自分がそれを求めている、

と感じたら、

それこそが未熟の証し.・・・。

気を付けよう。

| | コメント (0)

たまにはいいか…

2017年3月3日(土)
朝から騒がしい。
朝食が終わると、娘二人が鏡台の前で何やら大騒ぎ。
連れ合いもいつもよりバタバタ。
聞くと、三人で馬車道の飴屋⁉︎に行って、
お次は中華街の食べ放題。
最後はみなとみらいの観覧車との事。
現地で夜勤明けの長男と待ち合わせだから、合流せよとのお達し。
合流は、財布目当てと了解するも、久しぶりの外食もたまにはいいか…。


about太気拳

拳において要求される事。
それを思うと、人の多様性、あるいは柔軟性、適応力について考えさせられる。
泳ぎ歩き跳び登り、時には重量物を持ち上げ、と環境の変化に応じ、様々な活動をする。
しかし、泳ぎながら歩けず、歩きながら跳べず、跳びながら登れない。
様々な能力を持ちながら、その力量の発揮は環境に左右される。
つまり、能力を持ちながら、環境に封殺される能力が多くあるのが現実。
拳に於いて「意」の要求は、立ちながら座り、歩きながら重量物を背負い登る事。
つまり自らの想像力に依り、
自分を取り巻く環境を創造する事であり、
そうして作り上げた仮想環境に適応する能力を実体として引きだす事にある。
「意」によって育まれた仮想世界は、ここにあってここに無い可能性・力量を実体として生み出す。
先人が「意」を拳術の中心に置いた洞察力は素晴らしい。
腹を据えて、
先人の思いに向かい合いたい。

| | コメント (0)

スッキリ…

2017年3月3日「金」

昨日は午後からうねりが上がり、

腰腹からマックス胸。

割れにくい波でしたが、

取れると走れる。

1週間ぶりの波乗りでスッキリ…。

about 太気拳

立たなければ何も分からない。

人と立ち会うことがあったら、

その直前まで禅を組め。

先生にそう言われてきた。

立つ、禅を組む。

それは、


立つ事で立つ事から離れるためだ。

立ちながら、

立つ事から解放され、

初めて引き出されるのが拳の力だ。

そこで大事なのは、

自由で柔軟性に満ちた心。

ーー

よく魚の話をする。

先生にも魚の話がある。

魚は自由だからだ。

何故魚が自由なのか。

何故人は不自由なのか。

鍵はどこにでも、

そして眼の前にある。

| | コメント (0)

起動しない‼︎

2017年3月2日

二子玉低気圧接近。

なんとなく朝から落ち着かずに、

何度も海岸偵察。

しかし、

なかなか変化があらわれない。

落ち着かないので、

懸案のパソコンの掃除。

ところが、

終了後起動しない‼︎

参ったな〜。

ーーー

about 太気拳

高い椅子に腰掛けるように、

樹を抱くやうに、

その他色々な感覚の捉え方がある。

これらを称して「意」。

しかし、

どれも消極的な表現。

何故、

もっと積極的、直接的な表現をしなかったんだろう。

その方が絶対に進歩が速い。

実際、弟子にはもっとハッキリと教え、

多分成長が速い。

| | コメント (0)

何を求められているのか・・・

2017年3月1日(水)

Img_10931


少しは波が有りそうだ、

と波情報。

ところが実際はほぼフラット。

暫くはのんびり散歩。

ふと見ると、

腿サイズがたま~に・・・。

しかし、

短い板ではちょっと。

―――

About 太気拳

王薌斎師が意拳を創始する際に、

師の兄弟弟子と語らったそうですが、

その際、

その稽古法ではよほど才が無ければ難しい、

と言われ、

数を求めるのではなく、

質を求めるのだ、

と答えたそうです。

―――

才能に恵まれていなければ意拳を習得するのは難しい。

簡単に言えば、

兄弟弟子はそう言っているわけです。

これは太気拳も同じ。

つまり、

ボンクラには太気拳の習得は無理。

―――

しかしボンクラには二種類ある。

自分を普通だと思っているボンクラ。

そして自分をボンクラと知っているボンクラ。

自らのボンクラを知るのが才能。

だから工夫し考える。

何故この稽古をするのか、

何を求められているのか・・・。

| | コメント (0)

« 2017年2月 | トップページ | 2017年4月 »