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座ろうとして座れず・・・

2017年4月1日(土)

冬に逆戻りの感。

冷たい雨が降って、

散歩に出る気も失せてのんびりとお茶。

これではお花見客も人出小。

まあ、公園で稽古する身としては、

人は少ないほうがいい。

しかし、

もう10日も海に入ってない。

これは記録的だ。


―――

About 太気拳

「拳打寸勁」が拳術だとすれば、

拳を語るということは、

即ち「拳打寸勁」を語ることに尽きる。

だから、

これを語ることが出来なければ拳術家とは言えない。

―――

では、「拳打寸勁」の源になる渾元力は何か。

人の身体は、

例えてみれば、

骨格に沿う筋肉を単なる伸縮ではなく、

陰陽に往還するチェーンとし、

関節をギアにした部分の集積である力学的な存在だ。

自転車の構造を考えれば明快だ。

その往還する筋肉のチェーンと関節のギア、

それらに緩みの無い張力を与えるのが立禅だ。

そしてその有機的な組み合わせを

合目的に仕上げるのが拳術。

静に動を感じるとは、

ギアを繋ぐチェーンの緩みを無くした状態であり、

動に静を感じるのは、

静と同じチェーンの張りを維持し続ける動。


上下前後左右の六面力は、

全てのギアとそれらを結ぶチェーンに遊びの無い状態が、

上下の引力に抵抗する力を中心にまとめたもので、

ひとたび部分が動けば、

寸時にギアとチェーンを介して全体に波及する。

これが実現された時に、

拳打寸勁が現れる。

本来のトルクは寸も必要としないが、

目的の応じた衝撃力を得るための寸に過ぎない。

常に正反対に働く往還する力を矛盾力と呼び、

その統一とは、

チェーンの張力を意味する。

―――

行こうとして行けず、

戻ろうとして戻れず、

立とうとして立てず、

座ろうとして座れず・・・。

身体全体に抵抗を見出すとは、

即ち遊びの無い、

張力に満ちた筋チェーンの状態だ。

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