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2019年11月

逆光・・・

2019年11月30日(土)
Img_0057 事情があって自転車に乗れない。
では、今日は元気に2万歩
と稽古から帰って海岸まで歩き。
日没直後で日の入りは見られず。
しかし、背後からの光で富士。
見事な輪郭を浮かび上がらせる逆光・・・。
―――
About太気拳
訓練の本質。
それは転ばぬ先の杖だ。
転びそうになってから杖を使うのが普通。
先に杖を使っておけば転ぶ気遣いはない。
事が起きる前に起きた時の備えをする、
或いは起きぬように準備するのが訓練。
拳の稽古も同じだ。
転ばぬ先に杖を準備する。
その杖に名前があって、
それが上下の力。
残念ながら杖は何処にも売っていない。
売ってはいないが誰でも身体の中に準備できている。
ある状況になると身体の背後から顔を出す。

その背後からの光に支えられるのが拳だ。


―――
驚力と名付けられる言う力がある。
驚くのは作為ではなく不作為。
意志の結果ではない。
転びそうになると、
思わず転ぶまいとする。
思わずだからこれも作為ではない。
つまり人為ではなく身体に潜む自然の反応だ。
その反応が「杖」だ。
その杖を洗練させたものが上下の力になり、
拳の源になる。
―――
だから本来誰にでもある。
そうでなければ稽古する甲斐が無い。
本当の姿は、
背後からの光に照らされて初めて明らかになる。

 

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無意識の意識化・・・

2019年11月29日(金)
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連日続いた雨で散歩に出るのが億劫になって、
朝起きてもガラス越しに外を眺めるだけ。
寒くなった途端に出不精に。
最近は庭のスズメ用のエサ台から少し離れたところにもう一台設置。
どうやら時間と場所に好みがあるようで別の小鳥たちが来る。
ヒヨドリやムクドリなどの、
公園に行けば当たり前に出会う小鳥たちでも、
自分の庭で餌を啄んでいるのを見ると、
特に注意していなかった小鳥達が、
思いもかけずかわいく見える。
―――
About 太気拳
拳を伝えるに当たって一番の問題は何か。
例えば、意拳的に言えば核心は「六面力」になる。
これを獲得することから始まり、
全てはこの延長にある。
では、六面力とは何か。
「六面力」とは単なる言葉に過ぎない。
つまり誰でも持っているものに対する一種のネーミングだ。
誰でも持っていながら、
意識に上らず価値に気付けないもの。
六面力の更にその核心にあるのは「上下の力」だが、
そんなものは誰でも階段を上がったり、
重いものを持てば引き出される。
しかし、その引き出されたものに自覚的でないから、
その出現に気付けない。
何故気付けないのか、
それは名前がないからに過ぎない。
だから「それ」に名前をつける。
当たり前の「それ」が「上下の力」と名付けられると、
「それ」は妙に格式ばった大変な「それ」に聞こえる。
しかし、実際は階段を上る際には「上下の力」は必須事項で、
小学生だろうがお年寄りだろうが使っている。
何故この当たり前に気付けないか。
それは意識以前の無意識の領域に近いからだ。
だからその無意識の領域を意識下に置くため、
形に重きを置いたのが形意拳で、
形の代わりに言葉の持つ広がりに期待し、
核に据えたが意拳となったのだろう。
無意識の意識化・・・。
―――
日常の当たり前の風景の中に別の風景を見出だすのが絵画なら
何処にでも見かける所作に思いがけない意味を与えるのが芸能。
そして誰でも持っているものに拳の基本を見出し、
名前を付けたのが武術.
無意識の中にこそ、
思い掛けない自分自身が居る。
―――
拳の才能とは、
運動神経などではなく、
自らの行動に自覚的であるかどうか・・・。

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冷たい雨・・・

2019年11月22日(金)
朝から冷たい雨・・・。
外に出る気も起きず、
朝食後はひたすら読みかけの本に沈み込む。
冬がいっぺんに近づいてきました。
―――
About 太気拳
日曜の講座の内容。
上下前後左右の力、つまり六面力。
これを身に付けるのが最初の仕事。
これが無ければ話にならない。
六面力とは矛盾する力が全方位に向かう事だ。
対立し矛盾する力、
上に向かう力と下に向かう力、
前に向く力と後ろに向く力、
右に働く力と左に働く力。
それら対立矛盾の統一、
と意拳では言いますが、
これは対立でも矛盾でもない。
―――
対立矛盾とは計算と検算。
掛けた答えの検算は割り算。
足し算の検算は引き算。
対立する掛け算と割り算、
或いは足し算と引き算。
答えが正しければ検算、
つまり正反対の計算で証明できる。
―――
数学ではない、
単純な算数に過ぎない。
要は計算式を立てられるかどうかに掛かっている。

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風みたいだ・・・

2019年11月13日(日)
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敢えて抽象的な表現。
拳は自然との親和。
身体の物理的構造、骨格筋肉神経。
生かされている現実、取り巻く自然条件、物理、化学。
自身の重量、重心、位置エネルギー、生み出す加速度、モメント・・・。
生起される精神活動、神経支配、生理、筋肉収縮。
それらがひとつになることを親和するという。
全てが自然と親和、
世界の中に無理なくある姿。
―――

伝えようとする時見えるのは物理の部分のみ。
だから一部は明快なダイアグラムとなる。
つまりは精密な機械構造設計、電気設備。
外見から窺えるのは構造つまり運動。
構造を整えることから電気設備に至る。
電気設備とは神経支配。
―――
風は見えない。
しかし知っている。
風があることを。
拳は風みたいだ・・・。

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道は半場・・・

2019年11月12日(火)
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早朝に大雨。
明けて爽やかな秋空に冠雪の富士山。
ひょっとすると、
と海岸に行くも残念ながらうねりは入っていない。
すれ違う皆さんは鵠沼・・・。
茅ヶ崎は良くないですね、最近は・・・。
―――

About 太気拳
道は長い・・・。
伝統的な稽古法にばかり頼っていては、
弟子がなかなか伸びない。
自分がやってきた方法だけでは足りない。
どんな方法を採れば拳の基本が身に付くか。
言葉にすれば基本は至極簡単で「六面力」に尽きる。
しかし、
それを構成する要素は複雑と言えば複雑。
基本を身に付けるには多分二つの道がある。
ひとつは全体を丸ごと飲み込んで、
そこから個別の要素を磨き上げる。
もうひとつは個別の要素を取り上げ、
それらをまとめ上げることで全体を作る。
―――
自分の場合は最初に丸ごと飲み込んだタイプ。
これは伝統的な方法論に沿った道だ。
気が付いたら、何か明確には分からないが何処かが違ってきた。
何処が違ってきたんだろう?
その違いが何なのか、を明確にすることに時間を割いた。
自分と同じ稽古をして同じようなるならいいが、
それではなかなか道筋がつかない弟子も多い。
と言うか、その方がほとんど。
人にはそれぞれ性格や異なった能力がある。
だから弟子には個別の条件を一つ一つ取り上げる方法を組み上げた。
これでだめならあれで行こう、ってな考えですね。
多分これは先人が○○氏意拳とか、
新たな稽古法を付加したのと気持ちは同じ。
最初は個別の条件を三か月のあれば十分では、
と思っていた。
これだけ明確にすればすぐわかるだろう・・・。
根拠は王向斎師の言葉、
「才能のある人間ならば百日で事は成る」。
しかししかし、さにあらず、ですね。
独特の稽古法をプラスし始めて4カ月。
今だに道は半場・・・。
―――
焦らず止まらず気に病まず。
多分拳に頂上はなく、
それぞれが何処まで高みに行くことが出来るか、
が問題。
拳の高みとは、
つまりは人の高みであり、
それは自分と自然、
つまり心と身体、
そしてそれを取り巻く世界との調和に至るんだろう。
―――
想像力・展開力を駆使して、
見えないもの、
形になりにくいものを、
産み出す楽しみにを探してください。

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久しぶりに・・・

2019年11月5日(火)
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気が付けばもう11月。
好天北風で、脚の具合も回復気味。
波が少しでもあれば久しぶりに・・・。
と思って海岸偵察に行くも、
残念ながら波は無し。
まあ、気長に次回を待ちましょうか。
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―――
About 太気拳
最近は歩法が中心でしたが、
それを基本にして「跳ね上げ発勁」の準備。
「跳ね上げ」は澤井先生の得意な発勁法。
上下の力を基本にして、
なかなか感覚を掴むのは難しいが、
発勁の基本中の基本。
組手では手の甲で相手の腕を跳ね上げる動きになる。
よく先生の動きを真似る人が居るが、
発勁していないので、
単なる小手先の動きになっている。
きちんとものにすれば跳ね上げ、
同時に相手を弾き飛ばすようになる。
―――
基本は先日来教えている腕の上下運動。
これを嫌になるくらい繰り返すことで、
腕の動きと身体全体の振動がシンクロする。
とにかく繰り返すこと。
これに尽きます。
これを基本がどう展開するか。
考えながら繰り返してください。

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