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実に締まりがない・・・

2020年1月6日(月)
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三が日明けから連日のウォーキング。
昨日は夕日も見たくて夕方に海岸。
伊豆半島に沈む夕日。
大回りして家に帰って風呂。
正月の飲み疲れから回復。
体調がようやく戻ってきた。
飲みすぎからの回復が遅れる歳に。
晩酌も少し控えめ・・・。
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―――
街を歩いているといろんな顔立ちの人がいる。
醤油顔やソース顔、長いの丸いの様々。
顔立ちともう一つあるのは、
締まった顔と締まりのない顔。
何が違って締まった顔と,
締まりのない顔に成るのか・・・。
そして本人はどう思ってるのか。
―――
About 太気拳
初稽古の課題は「腰」。
「腰を締める」は不思議な言葉だ。
もともと腰ってなんだか判るような判らないような言葉。
「腰」ってのは位置的には臍の下あたりから脚の付け根あたりまで。
この位置的な意味は「顔」と同じ。
「顔」ってのは首の上に乗っかってる頭の前面。
「締まった腰」は「締まった顔」。
鏡で自分の顔を見ても、
それが締まりがあるかないかを見る場合は殆どない。
顔の造作は気になっても、締まりの有無に気付かない。
締まりのない顔をしてる人間は、
だいたい顔に締まりがあるの無いのか、
それすら自覚できない。
自分のそれに気付けない。
締まりのないのが当たり前だから・・・。
逆に締まりのある顔でも、
毎日自分の顔を見て締まりの有無を気にかけない。
少なくとも本人にとっては、
有っても気にかけず、無くても気にならない
(周りから見てどうかは別にして・・・)。
―――
同じく腰に締まりのない人間は、
もちろんそれに気付けない。
締まりのないのが当たり前だから・・・。
腰を使う、なんて言われても、
同じようにどうして良いか判らない。
つまり意味不明。
腰を生かせって言われて判ったような判らないような・・・。
自分の腰が締まっているのかそうでないのか自覚できない。
だから、
普段自分は弟子にこんな言い方は殆どしない。
しかし、
大雑把な言い方をすれば、
ここに拳の核があるのは事実だ、
つまり基本となる「六面力」とは「腰を締める」ことに他ならない。
―――
腰が締まって、
背が締まり首が締まり、
肩が整い腕が締まり、
手指が整う。
腰が締まって、
膝が締まり足首が締まり、
足指が力強く地を掴む。
そして六面に力がある状態が出来上がる。
―――
腰が締まれば拳の基礎が出来上がるが、
「腰を締める」はアバウトすぎる言葉。
だから指導は足指から、
あるいは手指から始める。
つまり先端から中心に至る。
―――
立禅の大きな目的「腰を締める」。
力の大小も速度、変化もこれによる。
―――
なんてこと言いながら、
若い頃の写真を見ると、
実に締まりがない・・・。

 

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