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路頭に迷う・・・

202038日(日)

梅の木が気になって、

雨の庭に出る。

昨年植えた梅の木がもう枯れたか・・・、

と思っていたのが息を吹き返した。

と言っても、ようやく緑の枝が出てきたにすぎない。

それでも冬を越して枝を張る梅が健気。

この枝に花が付くのを見てみたい。

この健気さとしぶとさが手本。

About 太気拳

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稽古には形がある。

しかし形に囚われない。

形の奴隷にならない。

形は大事だが囚われない。

深いところにある本質が、

たまさか表面に現れたのが形で、

言ってみれば「露頭」のようなものだ。

深いところにある地層が何かの拍子に表層に現れたのが「露頭」。

露頭は単なる二次元に過ぎない。

表層に過ぎないものに囚われると、

次元の異なる深層が見えてこない。

―――

揺りを例にとって今日は説明しましたが、

動作の中に現れる上下前後の動きと腕の連携は、

定歩であるという前提でのみ現れるもので、

活歩になれば全く異なるものになり、

上下前後の連携は全く異なる。

水平方向の力は、

定歩に於いては上下に向かう。

何故なら定歩に於いては水平方向に力の逃げ場がないからにすぎない。

深層にある本質は、浮かび上がった時にはまるで異なる見え方をする。

「露頭」の下に何が隠れているのか。

それを見出せなければ「路頭」に迷う。

そんな稽古者が実に多い・・・。

 

―――

立禅の力は何処にある。

それがどのように変化して生まれ変わるのか。

屹立する上下と広がる水平。

それらが生み出す豊穣。

全てのもとは立禅の静に存する。

 

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