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2020年5月

練り:腕の動き

2020526日(火)

ようやく宣言解除で少しホッ・・・。

ですが、毎日遊んで暮らす生活が身に付いちゃいました。

以前のように毎日稽古についていけるかちょっと心配。

と言いつつ、今週の在宅稽古の動画アップですね。

練りの腕の動きを中心にしたものですが、

背から始まる力が肩肘を通過して指先に伝播する。

これが繋がらないと、ギクシャクしてまともな推手にならない。

そして組手の変化が滞る、つまり鈍臭い動きになる。

身体全体の動きと指先の動きがシンクロさせる。

指先が動けば身体全体が動く、

と言うのは中国拳法でよく言われますが、

考えてみれば、全身が一つなんですから当たり前のことです。

つまり当たり前のことを当たり前に出来るようにする。

稽古ってのはそういう事ですね。

逆に言えば、当たり前のことが当たり前にできないのが普通。

普通ではお話にならないのが武術ってことですね。

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どうしよう・・・

2020518日(月)

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ここのところteleworkならぬテレ稽古のために、

毎週基本の稽古動画をアップしてますが、

今回は菱形歩法にしました。

腰の上に上体が真っすぐに乗ることがまず一番。

ボクシングのスウェイのように、

上体が傾いたのでは体当たりされたらひとたまりもありませんから、

真っすぐに動けることが大事ですね。

―――

動画候補に推手上達のための腕の働きや、

伏虎椿の捉え方も考えましたが、

これらはまた次回ですね。

―――

さて、今夜は低気圧が通過の模様。

って事は、明日は波がある予想。

自粛要請もありますが、

さて、どうしよう・・・。

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突進したり・・・

2020513日(水)

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まずは3階のなんでも小部屋にヒーターを押し込んで、

次に扇風機を引きずり出す。

コロナコロナと騒いでるうちにもう夏直前。

短パンにランニング一丁で散歩。

中には上半身裸でジョギングの皆さんも。

浜では養浜工事の真っ最中。

これで砂が付けば文句なし。

途中で皆さんと会ってご挨拶は

「入ってますか?」に「台風1号ですね」。

そして「今度来たら入ります?」。

自粛要請が出てますが、

さて、我慢できるかどうかが問題ですね。

来週の始めたあたりに、

今年の台風ファースト・スウェルですからね。

―――

About太気拳

発勁・発力と言いますが、

言葉が独り歩きしそうなので整理します。

発勁・発力とは勁力が合目的的に運用された状態を言います。

では、勁力を別に言い換えるとどんなものがあるか。

これは「渾元力」です。

渾元力は六面力から養われるものですが、

渾元力とは形意拳・意拳の伝統的な表現に過ぎず、

私はめんどくさいから勁力と言っているだけです。

渾元なんて日本語はないからです。

では、渾元力は特別なものか、

と言うとそうではなく、

中国拳法の伝統の中で培われた力で、

各拳法ではそれぞれ独自の言葉で表現しているとのことです。

ここら辺は姚宗勲氏の受け売りですが、

円勁とか整勁とかいろいろあるそうです。

名前は違っても中身は同じ、とのことです。

確かに様々な拳法の形を見ると、

勁力を手に入れるための其々の工夫が見て取れます。

つまり、勁力を自分のものにするのが拳の稽古の中核で、

これを得られなければ稽古の甲斐なし、

という事です。

―――

良く三角力とか滑車の力とか、

言われますが、

整理すればすべて梃の原理に当てはまるものばかりです。

つまり勁力の運用とは、

骨格の合理的な運用の結果であり、

それは神経支配の下にあり、

神経支配を司るのが意、

つまり心の働きという事になります。

合理的な運用が問題になるのは、

日常生活ではそれが行われていないからに過ぎません。

つまり合理的な運用を可能にするには心の働きが必要という事です。

―――

心の働きとは、

日常的な表現をすれば、

あんな感じ、こんな感じです。

逆に言えば、

判らないとき、

つまり自分のできないことをやっているのを見て、

どんな感じでやればいいんだろう、

という事になります。

どんな感じでやればあんな風にできるのか、

と言う経験は誰でもあると思います。

また出来るようになった時は、

ああ、こんな感じでやれば良いんだ、

ってなります。

どんな感じで、

と思った時にそれはもう意拳・太気拳の入り口に立っている訳です。

―――

拳の基本は、

どんな感じでやればいいのか、

を先人は「樹を抱いているような感じ」でやれば良い、

と言っているに過ぎません。

抱いている樹を引っこ抜いたり、

投げ飛ばしたり、

叩き伏せたり、

引き裂いたり、

或いは、抱いたまま突進したり・・・。

これが発勁・発力です。

―――

こんな感じ、が判ってくれば、

形は自ずから整います。

これを称して、

「意が形を象る」。

―――

 

中国拳法に限らず、

日本の武術もそうですが、

言葉が重苦しくて暑苦しい。

重厚ってことですかね・・・。

 

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孵化しません・・・

2020511日(月)

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稽古が終わり、

帰りに海岸を通ると、

子供たちは完全に夏バージョン。

まだ水は冷たいんですが。

何せ子供の体温は高い・・・。

―――

About 太気拳

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稽古の最後に動画を撮りました。

歩法と半禅の繋がりに焦点を当てました。

歩法は半禅の左右の展開の一バージョンに過ぎないとも言えます。

つまり歩法とは静的な半禅の展開に過ぎないという事ですから、

半禅の質がそのまま歩法になります。

立禅や半禅で大事なのは自分の内なる空間と外の空間の境界を明確にすることですが、

それが歩法に至っても守られるという事ですね。

これが組手や推手での攻防の焦点になります。

またこれが王郷斎師の言われた「剛柔法円」の基礎になり変化を生みます。

―――

半禅が連続が歩法になる。

パラパラですね。

肝心なのは静で紡いだ動の卵を孵化させることができるかどうか。

動を生む静とは、

命の宿った禅であるかどうかってことですね。

命が宿っていなければ、

いくら暖めても孵化しません・・・。

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ごみ捨て用命・・・

202055日(火)

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朝の散歩に出ようとするとひどい靄。

これでは日の出は拝めないな、

と戻ると連れ合いからごみ捨て用命・・・。

庭で朝の体操をしていると何やら物音。

気を付けて聞いていると霧笛。

二回鳴って暫くするとまた二回。

時計を見ると二分弱での繰り返し。

これは海で視界が悪い時の注意信号。

音量からするとたぶん海上保安庁が

停船中の自船に対する注意喚起。

―――

朝食後に海に行くと中海岸にプレジャーボート漂着。

暫くして見ると重機で回収中で舷側がひどく破損。

靄の中で視界を失いどこかに衝突ですね。

海はつくづく危険と隣り合わせですね。

まあ、海岸近くで良かったってとこですね。

 

 

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静中に動っていったい何?

202054日(月)

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練りの基本は立禅から、

と言ってしまえばそれで終わりですが、

だは、一体立禅のどこに注目していけばいいのか。

立禅は静の中で動を探る、と言います。

静の中の動っていったい何?

静とは簡単に言えば手先足先を動かさない、という事です。

手先足先を動かさないなら、

一体どこが動くのか・・・。

と、探るのが立禅です。

手先が動かないから、手首が動きを求め、

手首が動かないなら肘が動こうとする。

肘が動かないなら肩が動を求め。

肩が動かないなら肩甲骨が動こうとして、

次に背中が、そして腰肚にも繋がっていく・・・。

そのように先端の動きを封じることによって、

動の源を求める。

それを称して「静中に動を求める」と言います。

動かないからこそ先端の動きに囚われず、

動の中核に迫ることができる。

―――

「練り」はこの手順を踏んで中核に至った動の源から、

逆転して先端に至っていく動きです。

こうして身体全体を繋げるのが太気拳・意拳の方法論です。

ですから練りでは指先が動くのは身体が動いた結果に過ぎません。

指先より手首が、そして肘肩が動き、

肩甲骨が動き背を通り腰に至り脚に至るわけです。

ですから歩法も練りに入ります。

手先が動けば自然に全体が動いていき、

手の動きも足の動きも区別がなくなります。

当たり前ですね。

全体がひとつなんですから。

むしろ部分だけを動かすのが難しい位です。

―――

最近は皆立禅などの静的な稽古が多いですが、

以前神宮では立禅と這いを30分程度かけて行い。

後はひたすら練り・練り・練りでした。

訳も判らずやっていましたが、

今在るのはそのおかげです。

発勁・発力も練りの形式の一つです。

身体を緩め全体の協調を求める。

鼻歌も躍るような動きも全身の協調。

今日のテレ稽古の動画から鼻歌が聞こえませんか?

 

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一所懸命大勘違い・・・

202053日(日)

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しまった!ちょっと遅れた・・・。

朝早く目が覚めたので、

日の出を拝もうか、

と家を出たんですが忘れもの。

途中で引き返したので日の出に間に合わず。

と言っても薄曇り。

腹ペコで帰宅。

こんな日の朝食は旨い。

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―――

About 太気拳

何事も一所懸命にやるのは良いことです。

良いことですが、

一所懸命何をやるのかはもっと大事ですね。

一所懸命に稽古する。

一所懸命に推手する。

一所懸命に組手する。

問題は一所懸命の質です。

―――

禅で最も大事なもの。

心・精神の緊張、

そして身体のリラックス。

心が緊張すると身体も同時に緊張するのが当たり前。

しかし、ここが問題です。

つまり心が緊張しても身体はリラックス。

心の緊張と身体のリラックス。

この相反する状態を引き出すのが立禅だ。

ところが一人稽古の時は出来ていても、

推手になると途端に気張って身体ゴチゴチ、

どころか身体を緊張させるのが稽古だ、と勘違い。

一所懸命に緊張して力を入れる。

これは何処で誰でもやってること。

一所懸命大勘違い・・・。

―――

推手は相手のある練りに過ぎません。

鼻歌を歌いながらでもできるものです。

澤井先生は「心が躍るように」と言いました。

これを自分流にいうと「鼻歌を歌うように」。

力が入ったら躍ることも鼻歌も出てきません。

―――

動画に載せた発勁・発力だって鼻歌の延長です。

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