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静中に動っていったい何?

202054日(月)

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練りの基本は立禅から、

と言ってしまえばそれで終わりですが、

だは、一体立禅のどこに注目していけばいいのか。

立禅は静の中で動を探る、と言います。

静の中の動っていったい何?

静とは簡単に言えば手先足先を動かさない、という事です。

手先足先を動かさないなら、

一体どこが動くのか・・・。

と、探るのが立禅です。

手先が動かないから、手首が動きを求め、

手首が動かないなら肘が動こうとする。

肘が動かないなら肩が動を求め。

肩が動かないなら肩甲骨が動こうとして、

次に背中が、そして腰肚にも繋がっていく・・・。

そのように先端の動きを封じることによって、

動の源を求める。

それを称して「静中に動を求める」と言います。

動かないからこそ先端の動きに囚われず、

動の中核に迫ることができる。

―――

「練り」はこの手順を踏んで中核に至った動の源から、

逆転して先端に至っていく動きです。

こうして身体全体を繋げるのが太気拳・意拳の方法論です。

ですから練りでは指先が動くのは身体が動いた結果に過ぎません。

指先より手首が、そして肘肩が動き、

肩甲骨が動き背を通り腰に至り脚に至るわけです。

ですから歩法も練りに入ります。

手先が動けば自然に全体が動いていき、

手の動きも足の動きも区別がなくなります。

当たり前ですね。

全体がひとつなんですから。

むしろ部分だけを動かすのが難しい位です。

―――

最近は皆立禅などの静的な稽古が多いですが、

以前神宮では立禅と這いを30分程度かけて行い。

後はひたすら練り・練り・練りでした。

訳も判らずやっていましたが、

今在るのはそのおかげです。

発勁・発力も練りの形式の一つです。

身体を緩め全体の協調を求める。

鼻歌も躍るような動きも全身の協調。

今日のテレ稽古の動画から鼻歌が聞こえませんか?

 

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